武道空手の真の体現者と何でもできる「天才」空手家との遭遇

 

1989年春に私は社会人となりA社の経理部主計課で毎日汗を流しながら仕事を覚えている日が続く、梅雨前線が本格化しようとしていた土曜日のことだった。入社一年目の私は仕事を覚えることに必死で、また職場、会社の雰囲気に慣れようと必死で、そんなことからまだ過重労働には見舞われていなかった。だから休日出勤がなく、その土曜日は休むことができた。その土曜日は学生時代からつき合っている女性とのデートの約束があったが、相手の女性が風邪をひいたとのことで、デートがキャンセルになった。確かに電話の受話器からその女性の声が鼻声であることが判った。

だが、この日に限って、何故その人は風邪などをひいてしまったのか。お陰で、その土曜日は私にとって大きな厄日となってしまった。

デートがキャンセルになった私は小さなワンルーム・マンションの部屋の中で煙草の煙をくゆらせていた。

すると電話が鳴った。電話の主はA社に同期入社し、営業職に配属され、都内の支店(当時)を拠点に毎日走り回っている者だった。その者は明治大学政経学部入学と同時に極真空手の城西支部に入門したはいいが、高校の親しい先輩が同大学の空手部に所属しており強引に入部させられたらしい。その為に極真空手は白帯のまま途中挫折。

その者が言った。何でも明大空手部OBも含めて練習をするらしいが、私にも来てほしいと言うことだった。私は慶應大学だ。関係がない。しかし、二年生の時に明大空手部の連中の前でビール瓶裏拳割り等々の試割りを披露し、何故か意気投合してしまった者たちがいた。だが私は慶應大学だ。関係がない。だから断れば良かったのだ。そうすれば、あんな悲惨な思いをせずに済んだのだ。こうしたことを断れない私はやはりグズでドンでバカな東北人なのだ。

 

そして明大空手部の道場に行くと人の数が少なかった。私を誘った者が言うには急なことで、部員を余り集められなかったとのこと。

何をするのか皆目分からないながらも私は『極真会』の刺繍が入った空手着に着替えた。ただ私はやはり部外者なので見学に回った。

それにしてもトロイ。明大空手部の基本稽古たるや全くトロイ。眠くなった私。だが、その眠気を吹き飛ばす人物二人が道場に現れた。

私は眼を大きく見開き(大山茂師範、大山泰彦師範)と直ぐに、その二人を認めた。だが(何故、二人がここに? しかも二人の活動拠点はアメリカのはずなのに)とも思った。

そうしたら泰彦師範が

「兄貴ィ、俺の時代とは道場も変わっちまったよ」と言った。私は

(あっ! 泰彦師範は明大法学部卒だった!)と思った。

稽古の手をとめ、二人を見入る明大空手部員(OBの方が多かったか?)たち。私は中村忠師範との組手が頭をよぎり、そうしたことから、その場をそろ~~~っと去ろうとした。逃げようとしたのだ。そうしたら

「おい、そこの! 今、出て行こうとしている奴! お前、極真かァッ!」と茂師範の大きな声がした。私は条件反射で茂師範、泰彦師範に向き直るや否や十字を切って「押忍!」と返事をし、礼をした。

「ん? 緑帯? 何だ? (身体の)線は細いが黒帯だろう? 何なんだ?」と茂師範。泰彦師範も訝し気な表情をしていた。私は自分の訳の分からない経緯を二人に話した。すると「ほォ、芦原の弟子が師範代で、そのもとで育ったのか」と茂師範。泰彦師範の視線が痛い。泰彦師範と芦原師範は折り合いが悪かったのだ。

「なら、いっちょ、やるかァッ! 着替えてくるから待っていろッ!」と茂師範。十字を切りながら「押忍!」と返事をし、礼をした私。

 

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分かってのォ、スガちゃん? 押忍の世界は昭和のヤクザの世界より厳しいんだよ!

 

空手着に着替えてきた大山茂師範が私の前に立った。

 

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大山茂。極真空手七段。ニューヨーク支部長の他に世界最高師範も務める。大山倍達と血縁関係はないが、若き倍達が一時期、茂・泰彦兄弟の父親の家で書生を務めていたことから倍達は大山姓を名乗ったという説もある。茂の大山道場入門時期はかなり早いとされ、師範代の黒崎健時、安田英治、石橋雅史に指導され、諸説があるが黒帯允許は渡邊一久、岡田博文に次ぐくらいに早かったとされる。茂の組手スタイルに影響を与えたのは大山倍達と安田英治。一撃必倒の剛の組手を行った。

また茂は演武での

 

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真剣白刃取りでも有名。演武でかなりのお約束があるにしても、極めて困難な演武。事実、茂が極真会を脱会して以降、真剣白刃取りを行える者がいないことがそれを証明している。写真では中村忠が真剣を振り下ろし、茂が白刃取りをしているが逆に中村忠が白刃取りをすることもあった(数は少ないが)。

 

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「熊殺し」ウイリー・ウイリアムスの師匠としても有名。

第三回世界大会の後で大山倍達との間に軋轢が入り、極真を離れUSA大山空手(後にワールド大山空手に改名)を興し、アメリカを中心に活動。

2016年・没。

 

その大山茂が私の眼の前で構えをとった。右半身を半身にし、丁度、石橋雅史師範の逆の構えに近かった。

私はやぶれかぶれになりながらも、半身に構えをとった。

そして私は角度を絞った右の下段廻し蹴りを茂師範の左脚に放った

 

のだ

 

 

物凄く速い右の前蹴りが来た!

 

と思った

 

 

金的蹴りだった!

 

∞♂♀℃¥@☆★☆★☆★☆★☆★○●◎◇◆◆□■△▲▽♂♀

 

私は大山茂師範の得意技が金的蹴りであることを、すっかり忘れていた。

 

そして普通なら股間を押さえて、ぴょんぴょん飛びはねながら痛みを堪えるのだが

 

すかさず

 

左の強力な掌底打ち(掌打)が私の顎に

 

勿論、茂師範は金的蹴りも掌底打ちも手加減をしてくれている。

 

でも、強烈・・・・・・。

 

嗚呼、この時には掌底打ち、本気で放って私を失神させて欲しかった。そうすれば金的蹴りの痛みからは解放されたのに。だが、軽い脳震盪状態・・・・・・。

 

軽い脳震盪状態の私の耳に茂師範の大きな笑い声が聞こえてきた。

 

時間はどれくらいだったろうか。私は股間を押さえ首を振りながら立ち上がった、ヨロヨロと。

意識は混濁している。まだ頭が朦朧としている。だが茂師範と共に笑っている泰彦師範に何故か無性に腹が立った。

次は泰彦師範の番だ。勝てないながらも一矢報いねば男が廃る。

私の闘争心に火がついた。

 

「じゃあ、やるかァッ!」と泰彦師範。

構えをとった。

 

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大山泰彦六段。茂とは六歳下の弟。サッカーと喧嘩に明け暮れる不良少年で、見かねた兄の茂が泰彦を大山道場に強引に連れて行き、勢い春山一郎(『空手バカ一代』の有明省吾のモデルとされる)と組手をさせられ、春山にフルボッコにされたことが大山道場への入門とつながる。泰彦は「打倒・春山」「打倒・茂」を胸に秘め猛稽古に明け暮れる。天賦の才もあり、上達が早く一気に茶帯に。しかし、素行の悪さがあった様で黒崎に黒帯を許されず、暫くライバルの春山と共に万年茶帯状態にされたと言う。だが、その黒崎が「技のキレは泰彦が一番」と語り、大山倍達が泰彦をして「天才」と称した(大山が「天才」と称したのは泰彦と山崎照朝のみ)。極真会館黎明期には弁護士を志し司法試験に没頭したいが為に会館を離れる。だが、何度も司法試験に落ちた泰彦は極真に復帰し、その後、まともに練習をできない状態で第三回全日本で準優勝。渡米前に行われた百人組手、完遂できなかったが、史上最激のものであったとされる。

 

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構えは上写真の様なものではなく、茂師範と同じであった。

 

だが、泰彦師範と対峙した私は

(何でもできる天才。何でもできる天才なんだよな)と思った。

実際に対峙してみると、左右の蹴り技は当然のこと突きはおろか、あっと言う間に背後をとって引っかけ倒すことまで得意とすることが容易に想像された。芦原英幸師範は愛媛に渡ってからサバキを多数編み出し、その引き出しも無尽蔵だが、泰彦師範はサバキが無くても技の引き出しが無尽蔵であることが解った。

 

攻めあぐねた私の闘争心の火が消えるのを自覚した。

 

私は十字を切って「押忍、参りました」と言い礼をした。

 

 

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しかし、だ。芦原英幸師範もさることながら、大山茂師範もこの世の人ではない。言葉は悪いが、殺しても死にそうにない人がこの世にいないのが現実だ。

芦原師範もそうだが、大山茂師範にも中村忠師範にも手痛い洗礼を浴びたが、私の様に極真の末席を汚しただけの者が雲の上の様な存在である人々と組手(ボロ負けもいいとこだが)をした経験があると言うことは幸運なのであろう。

 

21:35追記

ええで、ええで、NHK『NW9』。

 

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日本学術会議、6名がスガちゃんに任命されなかった件、もっと攻撃してや。

 

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(出典、10/2、NHK『NW9』)

 

アホのカトちゃんの苦し紛れの会見模様、もっと流してや。

 

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わくまゆさん、金的蹴りコーチしたげる。金的蹴りで剛柔流二段首相をKOしたら痛快じゃない?

 

 

 

 

 

 

 

神さん・あの金的蹴りは効いた・ラブ。