剛柔流の天才空手家、石橋雅史

 

ふーん、ふーん、ふーん。スガちゃん

 

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法政大学時代に空手部に所属していて、剛柔流の二段を有しているんだってね。返事は常に「押忍!」だったそうね。嗚呼、古き良き法政大学。私、こういうの好き。ナンパな慶應大学だったから余計に憧れちゃうの。

 

ところで、さ

 

スガちゃん

 

 

 

組手、挑んでいい?

 

俺、極真だけど、3級・緑帯だから受けて立つよね?

 

ルールは寸止めなんてセコイもんじゃなく、直接打撃制! 剛柔流、寸止めながら顔面ありだしさ、フルコンタクトでの顔面・金的蹴りあり、投げあり、締め・関節技あり、サバキあり、もう何でもアリで闘わない? 何なら俺、利き腕じゃない左腕一本で闘うよ。あ、俺、握力、左が78で右が72で、左の突きの方がパワーがあるんだっけ。

新自由主義経済政策はもうしゃーないとして、「国民の為に働く内閣」、ホラにしたら組手を挑むよ。まァ手始めに、携帯料金4割減にするかどうかを注視するね。携帯料金4割減、国民、喜んじゃうよー! 政治家も漫画家と同じで人気が命。スガちゃん、よく分かってる。携帯料金4割減に成功したら一挙両得。

でも、ホラに終わらせたら組手、挑むよ。何でもアリの。

 

 

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前に『十人組手、4回完遂』『隠れ黒帯』って書いたら、いろんなメールが。

 

こういうことなのです。

 

私が入った高校は市内随一の進学校なのですが、3学期制じゃなく、前期・後期の2学期制でした。それで前期・後期共に中間テスト、学期末テストがあるのは当然、成績に加味される強力な実力テストもありました。それはともかく、2学期制であることから普通の3学期制の高校とは中間テスト、学期末テストの時期が異なります。

それで道場の昇級審査は春と秋にありますが、「秋」。毎回、毎回、中間テストと昇級審査が重なったのです。だから私は秋の昇級審査を受けられなかった。でも、力はあったから春の昇級審査で飛び級で昇級したりしていました。しかし、そこは泣いても笑っても極真空手、厳しい。そんなこんなで3級・緑帯で、高校卒業と同時に浪人の為に代々木ゼミナール仙台校に行って、そのまま。ただ、高3の秋の中間テストを終えた後で、道場で何と初段審査の最難関である十人組手をさせられたのです。Z師範代の命令で。私は「押忍!」と。「押忍」の世界はヤクザの世界より厳しいんだから、解ってるのスガちゃん。そして十人組手を完遂した私。ところが図に乗ったZ師範代、既に初段允許がなされているきんどーさん共々にあと3回も十人組手をさせたのです。地獄だったよ、これ、マジで。いや、この高3の秋近くには、もう道場の指導員を含む黒帯勢が私を制御できないほどに成長していましたので、ワタクシ。私が勝てなかったのはきんどーさんだけ。Z師範代からも一本を2回とった。

こういう訳の分からない経緯(いきさつ)があります。

 

ところで私ときんどーさんは中学3年の時から「顔面あり」の為にボクシングをしたり、剛柔流他の寸止め空手の稽古を見に行ったりしたものです。強い、弱いはともかく剛柔流他の寸止め空手から得るものがたくさんありました。

 

ここで話が一気に私の大学1年の秋、東京に飛びます。

当時、私が住んでいたアパートからそう遠くないところに剛柔流の道場があることを知った私は見学に行ったのです。何故か極真会の空手着持参で。

そして道場の隅で組手風景を見ていた私は、道場に入ってきた人物を見て(あっ!)となりました。石橋雅史師範だったからです。

 

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(晩年の石橋雅史師範)

 

石橋雅史師範。2018年に85歳で永眠されたが俳優が職業で(悪役が多かった)、剛柔流九段、極真空手七段。極真会館の前身である大山道場時代に、大山倍達に依頼され安田英治師範、黒崎健時師範と共に師範代として道場生の指導に当たる。安田英治師範の組手を剛とすれば石橋師範の組手は円を描き柔軟な技を用い、蹴り技を得意とした。大山茂・泰彦兄弟、中村忠、岡田博文、藤平昭雄、芦原英幸、山崎照朝等々を育成。

 

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大山道場で指導する石橋師範)

 

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(石橋師範と山崎照朝師範)

 

そうした知識が私の頭をよぎった。

そして空手着のまま暫し立ったまま組手風景を見ていた石橋師範。ふと道場の隅の私を見て言った。

 

「君、極真だね? 身体の線は細いけど」と。「お、押忍!」と私。立ち上がり胸の前で十字を切りながら返事。

「空手着に着替えてきなさい。見てあげよう」と石橋師範。

 

そして空手着に着替えてきた私は石橋師範の前に間合いをとって礼。十字を切って「押忍!」。

「君はアレだねぇ。今の極真の大会ルールありきの組手で育ったんじゃなく、何でもアリで育ったね」

石橋師範は私のことを一目で見抜かれた。背中に冷たい汗を流す私。

もう、この時、剛柔流の道場生たちや指導員たちまでが私たちを見ていた。

「それでは、やろう」と石橋師範。構えをとった。

 

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石橋師範は上画像の様な半身で右手は下画像の様な形で、左手に正拳をつくった。右脚は半身のまま下画像より脛を立て、左脚はやや浅めにした形でいつでも蹴り技を出せる体勢。

 

私も構えをとった。そして石橋師範の懐に入ろう、攻めようと思うのだが、懐が深すぎて私の出す全ての技を右腕や右脚で弾かれ、その刹那、左の正拳か蹴りを喰らう、そんなことしか想像できなかった。時間はどれくらいだったろうか。

(ダメだ。懐が深すぎる・・・・・・)

と私は思い、十字を切り、「押忍! 参りました」と降参した。

私は闘わずして、石橋師範に負けた。

 

私が弱かったのではない。石橋師範が強すぎたのだ。

 

それ以来、2012年まで剛柔流の多数の道場で師範、師範代、指導員、門下生を見てきているが、石橋師範の様な強い人に全く出会えていない。

 

 

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こらァッ! 剛柔流二段首相! アンタ、『国民の為の政治』をしなかったらシバクからな! マジで。アンタの流派の大先輩にはトンデモ猛者がいるんだぞ! 天国の石橋雅史師範に恥をかかせようものならば、ただじゃおかねェッ!

 

 

 

 

 

神さん・そう言えば『押忍! 空手部』なんて漫画があったなァ・ラブ。