今は亡き稀代の天才空手家を想う

 

いやいや。月曜日から会社の従業員・武田くんが見舞われたトラブルの件で、昨日まで忙しくしていました。

武田くん、去る8月のお盆明けにお母様を亡くされました。そうしたことから武田くんの様子をカウンセラーさんが注意して見ていたのですが、先週の木曜日にカウンセラーさんが武田くんについて「どうも様子がおかしい」と話したのです。それで社長が電話でながら、困ったことがあるのなら遠慮なく私たちに相談してほしいことを武田くんに伝えました。

そして月曜日のこと、会社は月曜・火曜と出社日で水曜~金曜とテレワークなのですが、早番(従業員の勤務体制に早番と遅番がある)の武田くん、出社しませんでした。休む連絡は入っていないと言うことでした。私は(何かあったな)と思い、武田くんの家に行きました。

家の玄関口に現れた武田くん、憔悴しきっていました。私は家に上がって彼の話を聞きました。すると亡きお母様が生活苦から借金をしていて、借金契約からその返済を武田くんが背負うことになり、困り果てていたのです。因みにこの借金は新コロ自粛から背負ったもの。亡きお母様はスナックを経営していました(店は廃業)。

私はその契約書を見せてもらいました。私は一目で893絡みのものであることを見抜き、その契約書を預かり会社の弁護士を務めてくれている者のもとに行きました。この弁護士、私の高校の2学年後輩で、また極真空手道場の後輩でもあります(黒帯/初段允許~但し早稲田大学時代に東京の城南支部で允許)。弁護士ながら893と大立ち回りを演じた武勇伝をもっています。

私「どうよ、これ。思いっきり違法な契約書じゃねーか」

弁「そうですね(苦笑)。O組ですね、あいつらアタマ、カラですから(苦笑)」

私「久々にいい運動会をできそうだな。あ、きんどーさんには内緒な。あの人に美味しいところを持っていかれちゃ敵わねーからな」

この後輩の弁護士はきんどーさんの5つの会社の弁護士も務めています。

弁「先輩が運動会をしたら死人が出ますよ(笑)」

私「バカ。俺はきんどーさんじゃねーよ。それに3級・緑帯だよ」

弁「それを『隠れ黒帯』って言うんですよ(笑)。十人組手を4回も完遂したくせに」

 

違法な契約書ではありながらも、その無効性を証明することの法に則った証明書の作成をその弁護士に依頼し、その日はオフィスに戻りました。その前に武田くんの家に寄り、何も心配いらないことを伝え、また契約書預かりとしたことも伝えました。

 

そして一昨日、火曜日の午前中に弁護士から証明書ができた電話が来たことから、この者の事務所に行き、内容を確かめ、O組へ。

しかし、このド田舎の893事務所はしょぼい。事務所のドアを開けたら組長がいる始末。いや、このO組がしょぼい。もう一方のS組はまだしっかりしているらしい。

組長のもとへ歩む私につっかかってくる組員たちをボコって組長の机に腰を下ろした私は契約書と弁護士が作成した無効性を証明する証明書を並べて、組長に説明

をし始めた時

一人の組員が

「あっ! S(←私)先輩っ!」と大声を。

「・・・・・・? 誰? お前?」と私。私にはその者が誰なのか皆目見当がつかなかった。

何でもその者が言うには、昔、工業高校在学中に私に1対3ながら私にフルボッコにされ、土下座をさせられたそう。私は記憶をまさぐったものの、私は高校生の時に1対5とか1対6での喧嘩をしこたまやっていたので、全然記憶に浮かばず。何でもその者、舎弟頭の職にあるらしい。

その後、私は完全にシカトされ、その者と組長、若頭の3人がヒソヒソ話を。会話から故Z師範代(今年1/19のブログ参照方)やきんどーさんの名前が出てきた。私は(あ~あ、あの二人の名前が出るようでは運動会、なしになるのか)と思った。すると

「何ィッ!! ケンカ十段の芦原英幸ィッ!?」という大声が。

私は事務所の天井を見て(芦原英幸師範なァ)と思った。

 

 

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これまで頂いたメールの中で「何故、極真空手をしていたお前が芦原英幸とつながりがあるんだ」「お前が極真空手をしていた時に芦原英幸芦原会館を興していただろう」と言うものがあった。

その理由。

確かに私が極真空手道場(支部)に身を投じた年に芦原英幸極真会館に除名処分された。除名というと芦原英幸に相当な落ち度があったように思われるだろうが、なるほど芦原が関西(支部)進出において「やり過ぎ」な感が否めないところはあったかも知れない。だが、一番大きな理由は大山倍達の嫉妬心が芦原との関係をこじれさせ、勝手に除名されたと言うのが正しい。

ところがZ師範代は芦原英幸のお気に入りの一人で、そんなことからZ師範代は度々愛媛の芦原のもとに行き、サバキ、またはその原型となる技術を学んでくるのはいい

1983年に何と芦原英幸が堂々とZ師範代の道場、すなわち私ときんどーさんが通う道場に姿を現した。

 

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空手着に着替えた芦原英幸が私たちの稽古を見ていた。

事件は稽古終了後に生じた。

芦原英幸がきんどーさんと私を指名し、自分と組手をするように言ってきたのだ。

きんどーさんの顔を見ると、顔から血の気が引いていた。私も同様だったろう。

それからきんどーさんも私も、もう散々に痛い眼にあった。芦原がとんでもなく手加減をしてくれていることは分かる。だが、それでも効く。サバキでふっ飛ばされ、正拳突き(芦原はパンチと呼んだ)を喰らい、蹴りも喰らい。顔面有り、金的蹴り有り、何でもアリだが、手加減されて尚、効いた。

芦原英幸がきんどーさんとの組手を行う姿を見たが、サバキを使う際の動きはもう人間の動きではなかった。また、右の正拳突きの速さも人間のものではない。芦原英幸の強さの大きな理由の一つに、人間離れした身体能力の高さにあると私は思った。

 

ところで後年、1985年に芦原英幸はサバキの技術ビデオを発売したので買って、見たのだが、そのビデオでのサバキには含まれていないサバキ技を芦原は駆使し、きんどーさんを木っ端微塵に破壊していた。もう、モロに殺人技術だ。

 

きんどーさんと私が組手を終わらせられてから、私たちはフラフラになりながら、次に芦原英幸からこの組手で使われたサバキの指導を受けた。芦原に指導されながら、きんどーさんと私がサバキ技をかけ合う。

 

指導を終えてから芦原英幸が言った。

 

「喧嘩は定期的にやっておけよ! でないと技が錆びるけん!」

 

さすがケンカ十段・・・・・・。

 

だが、その人間離れした身体能力の高さを有した芦原英幸師範、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の為に1995年に帰らぬ人となった。ALSにおかされた芦原師範、身体が動かぬようになっていくのをどの様に感じていたのか、想像をすると哀しくなる。余りにも。

 

芦原英幸とのことは、また別に後日譚があるが別の機会に。

 

 

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結局、一昨日は組長が私に頭を下げたことで私はオフィスに戻った。

そして昨日、どうせ下っ端だろうが、違法な契約書をつくり亡き武田くんの母親に捺印させた角で警察署に出頭したとのこと。

 

それはともかく、一昨日から私は芦原英幸のことばかりを思い浮かべている。

余りにも手痛い洗礼を浴びたが、稀代の天才空手家・芦原英幸に直に指導を受けられた経験は貴重だ。

 

 

 

 

 

神さん・芦原英幸はホント、凄かった。超人だ・ラブ。