風の中のすばる~♪ 砂の中の銀河~♪

 

昨日、神さんと飯舘村に行ってきました。

お目当ての年輩の方々、都合9名いたのですが、残念なことに内3名様が他界されていました。私も涙が流れたのですが、神さん、両手で顔を覆って激しく泣きました。(俺が死んでも、玲ちゃん、ここまで泣くのかな?)と思うほどに。

ですが、後の6名様と再会でき、皆様、私たちのことを覚えていて下さって、感激!

岩手県宮城県福島県の沿岸部の人たちも未来を見つめていますが、飯舘村の人々はそれ以上でした。6名様の内、3名様で息子さんも飯舘村に残り、隣町での仕事に従事しているようですが、驚くほどに精気がみなぎっていました。

 

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(イメージです)

 

ただ私たちは当然のこと、皆様に「今後」を訊くことはしませんでした。

例え農村地域の復興を目指そうとしても、事実上の開墾からやり直さなくてはなりません。もう気が遠くなるほどの闘いになります。

 

しかし、飯舘村の人々は強い! 帰村者の数が少ないが為に本来なら「今後」について悲観的になるはずが、そうではなく、村の未来を見つめていたのです。

 

黛まどかさんが飯舘村の人々をして『孤高の星』とした意味がよく分かりました。一人一人が『孤高の星』だったのです。

 

ただ、夜になって帰途につく際に車の中で思ったのですが、飯舘村がなにがしかの復興の道しるべを見つけ、村が元の活気ある状態にならなくば「東日本大震災の復興」は達成されないと。

 

話がズレますが、トリチウム汚染水を基準値よりも低く薄めて海洋放出したとして、福島県の漁業はまたもや風評被害にさらされ、元の木阿弥になる可能性が大。これでは復興も何もあったものではありません。

岩手県宮城県も復興道半ばなのですが、福島県はもっと酷い状況に置かれています。

 

こうした福島県の漁業や飯舘村を立て直してこそ「復興」と言えるのです。

 

ところで何?

 

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『Fukushima50』って映画。

私はこの原作となった本を書店で立ち読みをして、大きな怒りを覚えました。もう、東電のプロパガンダ本。それを映画化するなんて福島県民をバカにしています。

東電の経営トップがアホだったから原発事故を招いた訳ですが、その尻ぬぐいを福島第一原発に残った者たちが頑張って当然。それが「組織のなかの個人」なのですから。

 

むしろ

 

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生死をかけて頑張ったハイパーレスキュー隊を映画化しろ! 彼等の活躍がなくば、もう東日本全域が人が住めない状況に陥ったのだから。ダボッ!

 

あと、トリチウム汚染水が流れ出てくることはハナから分かっていたはず。それをタンクにため込んでおくな。それが何れ120万トンにもなって慌てふためくことになることは明白だったはず。

それならハナから汚染水が少量な内に何度も何度もピストン輸送し、基準値以下まで薄めて、漁業に関係のない

 

東京湾に放出すべきだった!

 

何でもかんでも

 

福島県を犠牲にするなっ!

 

 

そんなことを昨夜帰る途中に思いました。

 

 

 

 

 

 

 

神さん・君が言った通り東京とは地方の犠牲の上に成り立っているんだよ・ラブ。