トラ! トラ! トラ! 我等、ミッション、遂行せり!

あだま、いだい。アタマじゃなくて、あだまです。痛いじゃなくて、いだいです。

強烈な二日酔いの為に、農作業のお手伝い、休み。理由を話したら従姉も息子のKくんも笑いながらOKしてくれました。んでも、あだま、いだい。

 

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昨日、神さんとKくんの奥さんがNPOに向かった後で、私は市役所支所の学習センターへ、Kくんはキャンパスが2カ所になる私大の1カ所に向いました。

もう、私はミッション、成功したものと思い、学習センターで許可をもらい、ボランティア急募の張り紙をし、旦那、何の仕事してるの? と言う有閑マダムたちにちらしを配りました。フライングですが。

それから地元の国立大に行き、事務局の許可を得て、校舎内4カ所と屋外2カ所に張り紙をして、学生たちにちらしを配りました。

 

その時、15:40頃でしたでしょうか。神さんから電話が来て、理事長からボランティアの募集をしても良いとの許可を得たとのこと。既に、大きなフライングをしていた私ですが、やはり嬉しく、ちらし配りと質問をしてくる学生たちへの説明にも熱が入りました。

正義は勝つのですし、物事は何でもやってみる、それに尽きます。

 

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何でここで大豪院邪鬼なんだ、と言うツッコミはなし。私が邪鬼が大好きで、この漫画『魁! 男塾』ほど人間は根性だと教えてくれるものはないと思うからです。

 

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そして、17:00に駅近くのカフェで合流した私たち4人。コーヒーを飲みながら神さんとKくんの奥さんの話を聞きました。

 

二人がボランティアで雇ってもらうことは、年齢が高すぎるという理由でアウトを喰らったらしいのですが、理事長にボランティアの必要性、今のボランティアの人々の過重労働ぶりを冷静に説いて、理事長の首を縦に振らせたとのこと。

 

まぁ、良かったです。

 

そして18:00から4人で和風料理店で祝杯。いや、食べたし、飲んだ、飲んだ。

そして多分、19:00過ぎくらいだったと思うのですが、土曜日に会ったボランティアの女性から電話が来て、ボランティア応募等々の電話が51件も来たらしく、私たちは「やったーっ!」となって、みんなで飲む、飲む。吟醸酒ばかり。これだけバカ飲みをしたのはいつ以来か。

 

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何はともあれ、その活動がボランティアによるところが大きいNPO、ボランティアが途絶えてしまったなら存続が困難。潰れてしまったら、不登校の子どもたちの教育はおろか、ひきこもりの人々を救うことができなくなります。

 

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あと、一昨日に書き忘れたのですが、ボランティア女性に会った時に、彼女から中高年のひきこもりが家庭にいることを知るのはケア・マネージャーさんが多いと言う話を聞きました(私の市の場合)。

『8050』問題で、父親が認知症とかになり、母親が地域のケアマネさんに相談をし、ケアマネさんが家庭を訪問した際に、そのご夫婦の子どもがひきこもりになっていることを知るケースが多いそうです。

ひきこもっている人にしてみれば、ケアマネさんは当然のことヘルパーさんが出入りするようになれば、自らの日常、平穏を破壊する異端な人たちになってしまいます。これが大きな問題。

 

つい先日、ネットのコラムで『安心してひきこもれる社会を』と言うものを見ましたが、親が死んだ後にその遺産で食いつないでひきこもれるような社会を、と言うのがその趣旨でした。

私は、(・・・・・・・・・・)となりました。

その遺産を食いつぶしたら待っているものは、大量の孤独死の発生ではないのかと思います。(大量の)孤独死を容認することは、消極的自殺を勧めることと同義に思えます。なるほど、ひきこもりの人々には親が死んだら自分も死ぬ、と思っている人が多いと思います。けれども、その背中を積極的に押すような社会が果たして健全と言えるのでしょうか

 

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今、孤独死の増加も社会問題になっていますが、その当事者たち全員が孤独死を望んでいたのでしょうか。私はそうではないと思います。やむなく、の人も多かったのではないでしょうか。

 

また、言ってしまえば、生きるも死ぬも自己判断かと思われますが、その自己判断に至るまで『生きたい』と願う人には手を差し伸べるのが当たり前ではないのか、と思います。

 

私は、上のコラムを書いた人に異議を唱えます。

 

その具体的方法となると私にも考えられないのですが、先ずはひきこもりの人々に手を差し伸べてみるべきではないのでしょうか。親が死んだら自分も死ぬと考えている人には容易でないことが想像されます。でも、中には本当は『生きていたい』と言う人がいたなら、消極的自殺を容認すると言うより、『消極的自殺の幇助』とも言え、果たしてそれが健全な社会と言えるのでしょうか。ん? 中には本当は『生きていたい』と言う人がいて、それを放置したなら『超間接的殺人』になってもおかしくないのでは?

 

それで、数日前から神さんとちらちら話していたことがあります。

中高年ではないのですが、(前にちらっと書きましたが)小中学校の同級生の息子で、京都大学を出たのはいいのですが、ゲーマーとして育ったが為に、実社会の人間関係になじめず、また仕事もできず(某大手メーカーのエンジニア/直ぐに仕事ができるはずがなかろう!)、帰郷してひきこもりになった人がいます。

その人を、NPOの体制が再度整ったら、NPOの手を借りて何とかしてみようと。

ただ、従姉の息子のKくんの身近に中高年のひきこもりが2人いそうだから、急を要するのはそっちかな。

こちらをNPOの手を借りて何とかしてみるべきかな。中高年なら『7040』だとしても何れ『8050』になるのだから。

 

 

 

神さん・ご苦労様でした・ラブ。