川崎市登戸の事件(4)

実は一昨日の朝から地元地域・小学生の集団登校の際に、私の住居が在る班の「見守り隊」として、私が学校まで小学生に同伴している。私が従姉夫婦の農作業を手伝うことになったら、神さんが出張るそうな。

 

それで、『川崎市登戸19人刺殺傷事件』の犯人、岩崎隆一はスマホまで所持していなかったらしい。テレビ・ゲーム機、携帯ゲーム機はあったようだが。

 

昨日、きんどーさんが家に来て、神さんと3人で事件についての話をした際に、私は岩崎の余りの用意周到さからネットを駆使し情報を得ていたと思い、そうしたことからスマホを所持していると言った。神さんも同意した。

 

だが、きんどーさんは、岩崎はスマホまで持っていなくて、ネットに頼ることなく今回の事件の「準備」をしたのではないか、と言った。理由は、極限的な負のエネルギーに突き動かされた岩崎が、その時に限って引きこもりを脱し、自分の足のみでカリタス小学校の情報を得た、と言うこと。

また、きんどーさんは『8050問題』にのみ着眼し、今回の事件を語った。

 

きんどーさんの意見はこうだった。

以下に要約して記す。

 

きんどーさんは、今回の岩崎隆一の犯行について、昔、1979年に生じた梅川昭美による『三菱銀行人質籠城事件』にのみ類似性があると思われる(昭和の大きな事件において)とした。

 

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梅川の犯行の直接的動機は借金であったが、それ以上に梅川は社会からドロップアウトし、社会に強烈な逆恨みをし、その果てに「拡大自殺」を目論んだものとした。

 

しかし、ここからは私たちの意見が一致したのだが、梅川はとんでもない凶悪犯ではあったものの、平成に入ってからの重大事件の犯人の様に、人間が壊れていなかったとする。理由は、銀行に籠城してからの落ち着きぶりから。

 

きんどーさんも平成に入ってからの『人間の質的劣化』に着眼し、社会観察をしているが、後は私が昨夜に書いた本稿の(3)と同一だった。

 

きんどーさんは、3人の子どもの内、2人にはスマホにおいては電話とメールと写真しかさせないと言う(あとの1人は幼児)。また、PCでネットもさせないと言う。

 

それで、これは3人で意見が一致したのだが、『人間の質的劣化』は、私たち3人も含み、私たちの世代は当然、戦後生まれの人間から顕著なことであり、それがテレビ・ゲームの普及と相まって、「女子高生コンクリート詰め事件」を皮切りに、平成に入ってからの「宮崎勤事件」から『人間の質的劣化』が『人間の崩壊』を生み出し、そうした犯人による重大事件が生じた、とした。

 

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この『人間の質的劣化』とそれがもたらす『人間の崩壊』が引き起こす事件。

 

例えば、2004年長崎県佐世保市小6女児同級生殺害事件、2014年長崎県佐世保市女子高生殺人事件(人を解体してみたかった)、同年・名古屋大学女子学生殺人事件(人を殺してみたかった)の例を挙げれば、まともな頭をもたれた方なら、腑に落ちるであろう。

 

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昨夜書いた識者風情の人間の言葉の裏では、日本社会の破滅が確実に進行している

 

繰り返し言う。我々が人間の再生産(子育て・次の世代の人間の育成)に失敗してきたが為の事件だ

 

 

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では、人間の再生産がうまく循環する社会、引きこもりを出さない様な社会をつくる為には、どうすべきなのか。

残念ながら、私にはマクロ(総論)的な答えしか出せない。

マクロ(総論)のみを以下に要約して記す。

 

 

 

先ず、20世紀文明の大きな特徴に『産業主義』があるが、それから派生する我々の経済活動~生活費を得る為の仕事を含む~に我々ががんじがらめになっていることを是正しなくてはならない。

無論、市場経済社会においては生活費を稼ぐ為に働くことを良きこととするが、その為の仕事を人生の目的にするのではなく、人間の再生産をうまく循環させる為に家庭生活を第一にできるよう、労働時間を短縮し、経済活動至上主義を克服することが先決だ。

 

そして『産業主義』とそれから派生する我々の経済活動は、子どもたちに無意味で不毛な大学への過剰進学を目的とした『教育』(お受験を含む)にカネを投資しているが、これも是正する必要がある。偏差値至上主義で勉強の効率化のみに重点を置いている現代(いま)の『教育』に一体何の意味があるのか。まるで無い。その『教育』の果てに行っても仕方のない大学屋や旧制二期校の学部に進学しても待っているものは子どもの貧困でしかない。

 

そして、先の経済活動至上主義に歯止めをかける意味で、市場経済がもたらす競争原理以上の過度の社内間競争をも是正する必要がある。市場経済は効率化を求めて、企業間の競争を促すが、不毛なまでの競争を煽っているのは経済活動に従事している我々自身だ。そうしたことから、過度の社内間競争を是正すると同時に、我々は自分の働き方を見直す必要がある。

 

そして『産業主義』の対極に『商業主義』がある。今、ネットを開けば「あれを買え・これを買え」のオンパレード。テレビのCM以上にえげつない。こうした商業主義をも是正する必要がある。本来なら、企業間の行き過ぎた競争が緩和されれば市場経済の自動調節機能が働き、商業主義も緩和されるはずだが、こうした商業主義に流されることのないように我々は注意する必要があるし、次の世代にも警告を施す必要がある。

 

しかし、市場経済は決して万能ではない。万能ではないから、政府が市場経済に介入することによって市場経済をコントロールする必要がある。

ここで先ず、言っておきたいことは、『運輸・通信の自由化(規制緩和)』により、前者、運輸の自由化(規制緩和)により、多くの悲劇がもたらせられたことを忘れてはならない。旅行会社・バス会社等々の競争の激化により、バスの運転手が劣悪な労働環境で従事していることから、行楽バスの事故が後を絶たない。同様なことが運送会社にも言える。劣悪な労働環境で従事しているトラック事故も後を絶たない。

こうしたことからも解る様に、市場経済とは万能ではない。だから、人の生命に係わる分野の規制については緩和するのではなく、より規制を強めるべきなのだ。

 

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(解ったかな? KO大の無能な教授の竹中平蔵くん)

 

次に、市場経済をコントロールする政府である。

 

90年代に入ってから、日本の経済情勢を語ろうとすれば、何かと「個人消費」や「貿易黒字の縮小」が言われるが、「個人消費」などただの景気の下支えに過ぎないし、日本の「貿易の黒字」はアメリカの「貿易の赤字」なのだ。21世紀に入ってから中国の台頭により、アメリカの「貿易の赤字」は日中によるものとなった。「貿易の黒字」などほどほどで良い。

 

それで政府が採るべき経済政策は、東京や西日本の劣悪な環境にある100万人都市を暮らしやすくする為の財政政策。また、東日本大震災の復興や全国規模で整備が立ち後れている公共資本整備の為の財政政策である。

巨額の財政赤字を背景に財務省が楯突くのは火を見るより明らかだが、個人貯蓄は減少傾向にありながらも、まだ大幅な貯蓄超過経済の日本はそれを原資に大きな財政政策を行い、内需拡大政策を採る必要がある。上の二つの財政政策は国民の暮らしを良くすることと同時に大きな内需拡大を行え、中成長(GDP・5%、景気後退期には2.5%)を達成し、労働市場均衡にも大きく貢献する。

金融政策というものは、インフレの克服には効果があっても、デフレ克服には意味がない、と言うのが経済政策のイロハだ。

 

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(解ったかな? 日銀総裁・アホの黒田くん)

 

さて、ここで消費税率10%の件だが、10%にするのは良いが、反面で所得税率の累進段階を3段階にフラット化しての減税処置が必要なのだ。本来なら、消費税施行の1989年の段階で消費税10%と上の所得税減税でのセットが望ましかったのだが。

消費税の様な大型間接税には【逆進性などない】。理由は、消費税とは支出比例税だからだ。消費税をして金持ち優遇税制などと言っているバカがいるし、それを信じているバカがいるが、支出比例税である以上、むしろ金持ちから税金をぶんどるにはもってこいの税制なのだ

そして、その上で先の内需拡大政策を行えば、自然増収も高まり、財政赤字の縮小にも大きく貢献をすることになる。しかし、ただ消費税率だけを10%のみにするだけでは超長期的に見て、日本を衰亡させるだけでしかない。

 

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(諸悪の根元、財務省

 

最後に、年金財源を立て直すことが先ずは急務なのだが(年金とは国民生活の安全保障だからだ)

 

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人生100年時代を迎えて、財政政策として、福祉の分野に投資することも非常に有効な方策だ。長くなることから省略するが、福祉への投資(財政政策)も中成長で日本経済の需給均衡を達成させる大きなファクターとなる。

特養老人施設の設置、グループホームの設置等々に財政出動を行えば、日本経済の中成長達成に大きく寄与する。

ここで一言言っておきたいことは、「小さな政府」ではなく、『適正規模の政府』が必要だと言うこと。高齢化社会が本格化している今、行政需要は福祉方面に大きくなっている。そうした場合、福祉方面に人材・予算を大きく配置・配備することが必要だ。また、各都道府県での引きこもり対策に人材・予算を大きく配置・配備することもまた必要であるし、そうすることによって、社会がうまく循環するようになれば、これもまた日本経済の中成長に大きく寄与するのだ。

 

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以上が私なりのマクロ(総論)である。

 

しかし、これって私の大学の卒論の大幅な短縮・纏めバージョンだ。

つまり、30年以上が経過しても日本の経済社会は何ら変わっていない、と言うこと。

 

何か虚脱感を覚える。

 

 

 

 

神さん・ラブ。