村上龍は『コインロッカー・ベイビーズ』で終わった

昨日、村上龍の『限りなく透明に近いブルー』を記し、村上龍について思うところがあるので記す。

 

村上龍は処女作の『限りなく透明に近いブルー』で1976(昭和51)年に群像新人文学賞を受賞し、また芥川賞を受賞し、同作品はそのスキャンダラスな内容からミリオンセラーとなった。

 

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私は当時、小学5年生であったことから、『限りなく透明に近いブルー』が大騒ぎになっていることを知ってはいたが、買って読むにまでは至らなかった。

 

それで私が『限りなく透明に近いブルー』を買って読んだのは、その3年後の1979(昭和54)年、中学2年生の夏休みだった。

 

限りなく透明に近いブルー』を読んだ私は、驚愕し、そして余りにも切なくて泣いた。

 

驚愕したのは、先ず、主人公の「リュウ」が日常的な乱交や暴力に能動性をもって介入するのではなく、乱交や暴力等々の行為・出来事をただ、「リュウ」を介して、テレビ・カメラのレンズの様に読者に「見せる」ことに徹底していたからだ。ドラッグもそうだと言える。こんな文芸作品はそれまでに無く、それが成功していたから、驚愕したのだ。

 

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第二に、その文章が散文詩をつないだかの様なもので、それが成功を収めていたからだ。この様な文芸作品もそれまでに無かったスタイルだった。

 

この様な前衛的なスタイルを有しながら、それが大成功を収め、一気呵成に読ませてしまうことには本当に驚愕した。

 

そして、何故か切ないのだ。何が切ないのか、と訊かれても上手い答えが見つからないのだが、切なさに溢れている。

リュウが最後に朝陽が昇る空の色をして「限りなく透明に近いブルーだ」と思うシーンには大きな感動を覚えて泣いた。

 

また、『限りなく透明に近いブルー』で凄いと思ったことは、読んで行くと、頭に音楽が流れてくることだ。私の頭のなかではピンク・フロイドが鳴っていた。

この様な文芸作品もそれまでに無かった。

 

私は村上龍の才能に歓喜した。

 

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続く『海の向こうで戦争が始まる』は駄作だった。

 

しかし、1981(昭和56)年の『コインロッカー・ベイビーズ』は、大傑作。

 

 

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主人公、キクの破壊衝動を見事に書き上げた日本文学の金字塔。

 

キクにとっては大都会・東京そのものがコインロッカーであり、破壊せねばならない母親の母胎でもあった。

 

 

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ところが、2005年に『半島を出よ』を読んだ後で知った。村上龍の才能は『コインロッカー・ベイビーズ』を最後に枯渇したことを。

 

笑えた青春小説『69』や同年に出た壮大な失敗作『愛と幻想のファシズム』、SMを美しく書いた『トパーズ』で苦しくなり、作品を乱発した90年代は駄作のオンパレード。

もう村上龍は「書けなくなったから」、テレビ『カンブリア宮殿』で見苦しく男芸者をやっているだけだ。

 

無様なり。ロックとファックの世代。

 

あと、映画『トパーズ』で主演した二階堂美穂。私が美穂の二人目の男。美穂とつき合うまでには至らなかったが、セックスをした。因みに、美穂の最初の男はきんどーさん。

 

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嗚呼、私は村上龍と「兄弟」になってしまった・・・・・・。

 

 

 

神さん・ラブ。