変化は僅かから(『わたし、定時に帰ります』によせて)

 

一昨夜の『わたし、定時で帰ります』では、仕事のスキルはあるものの、プライベートに充足感をもてないが為に、(非効率のせいもあるが)自ら進んでサビ残をしている吾妻がクローズアップされた。

 

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吾妻は優秀な派遣社員に恋心を抱き、仕事の効率化を図り、その派遣女性と食事に行くところにまでこぎ着けた(主人公と3人で)。だが、その女性は向上心が強いのか吾妻に「夢は? 目標は?」と訊き、それを持たない吾妻は元の木阿弥に戻ってしまう。けれども、吾妻は以前より周囲とコミュニケーションを取れるようになり、美味しいコーヒーを自分で炒れてみようと言う些細な変化を表した。

 

この些細な変化、変化は僅かから、と言うのがドラマ『わたし、定時で帰ります』の醍醐味。初回の仕事を頑張ることで会社・職場に自分の居場所を置く、会社・職場に必要とされたい女性。2話の出産の為にキャリアの「出産リセット」に抗う女性。3話の(とんでもないことをしてしまったからだが)直ぐに辞めると言った新人。皆が皆、問題が全て解決し、人間がドラスティックに変化をした訳ではない。されど、些細な変化、変化が僅かながら現れる、と言うのが良い。それ故に、登場人物にシンパシーを覚える。

 

主人公が言った。

 

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「私は美味しいものを飲んだり食べたり、ドラマを見たり、(好きな人と)おしゃべりをしたり、そう言うものを大切にしている」と。

何気ないことだが、大方の人間はその何気ないことを大切にしようとしているし、大切にしたく思っている。

 

私は昔、新卒で入ったA社には生産管理部を希望して入社した。ところが、入社してみると配属先は経理部であった。私は経理だけは死んでもしたくない仕事だった。だから私は大学の選択科目にあった簿記も履修しなかった。(簿記も知らない人間を経理に回すはずがなかろう)ということから。しかし、経理だった。

何故、経理がイヤだったのかと言えば、もう残業・残業で、人間らしい生活ができないからだ。「人間らしい生活」とは定時とは言わないまでも、早くに帰ることができて、独身なら自分の好きなことをする、既婚者なら家族と過ごす時間をもつことを意味していた。この「人間らしい生活」をしたい、と言う言葉が私の周囲で、また違う大学の友人たちの間で飛び交っていたものだ。

 

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現代(いま)の若い世代にも「価値観の多様化」と言われているようだが、この「価値観の多様化」という言葉は、私が大学生の時に、私たち世代をターゲットに用いられた言葉だ。そうなると、「価値観の多様化」は何十何年と続いていることになる。もっとも、価値観とは人それぞれに異なるし、世代が変われば価値観も変わるもの。

 

私が新人だった頃の私の価値観は、なるべく早く帰宅して大好きな音楽を聴くこと、そして恋人と過ごす時間をもつことであった。

しかし、その二つとも【経理】という仕事に、職場に破壊された。

いや、入社一年目はそれほど酷使されなかったし、二年目以降、仕事がハードになっても帰宅すれば音楽を聴いていた。しかし、二年目に学生時代からつき合っていた女性とすれ違いが多くなり、破局を迎えた。

 

ただ、本社の営業本部でアルバイトをしていた、都の西北大学の学生で都銀から内定をもらっていたSと言う女性と恋に落ち、Sと過ごす時間をつくろうと仕事の効率化を図った。だが、効率化を行えば課長や主任がさらに仕事を出してくるという悪循環。

 

この頃、私は既に意味不明の動悸や胸部不快感に襲われていて、うつ病を患っていたのだろうが、私がうつ病になった切っ掛けは、しょっぱなの【経理部への配属】にあると思っている。

 

あれ? 話がズレたな。ともかく私は大好きな音楽を聴くことと、恋人と過ごす時間をプライオリティにしていた。

 

あとは『わた定』の主人公が言っていたが

 

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給料日が楽しみだった。

私はオーディオ・セットと車を買う為に可能な限り貯金をしていた。そして晴れて車

 

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S13シルヴィアを買い、深夜の首都高を爆走。また同年秋に

 

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オーディオ・セットを導入した。

 

世代的には団塊ジュニアまでなのだろうか、男とは物欲の塊で、「あれが欲しい、これが欲しい」とその為に仕事を頑張ったものだ。

 

今、これを書いていて気がついたのだが、一昨日に『わた定』を見ていて、登場人物をダイレクトに見ることによって像が結んだのは、登場人物の僅かな変化もさることながら、主人公の

「私は美味しいものを飲んだり食べたり、ドラマを見たり、(好きな人と)おしゃべりをしたり、そう言うものを大切にしている」という言葉に共感したからだ。

 

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私はそう言う些細なことが人間にとって大切なことだと思う。

だから、仕事を効率的にしっかりとやり定時で帰る主人公に拍手喝采

ただ、本当はねぇ、それを現実に成そうものならば心ない上司が仕事を増やすことが多いと思う。

 

けれども、以前に比べれば早く帰られるようになったからと言って、いわゆるフラリーマンが現れたり、「家に帰ってもすることがない」という若い世代、何か限りある人生をもったいなく過ごしている気がする。

それこそ、変化は僅かから。些細なことから、僅かながら変化が生じることは間違いないので、そこから自分を変えていければ良いと思う。

 

今の私にはギターもある。

 

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楽しいよ、ギターは。練習すれば、その成果が「巧くなる」という形で現れるのですから。

 

 

神さん、ラブ。