私の頭のHDを破壊した天才! プリンス!

私は先に『中上健次』を記した稿で、円熟期を迎えることなく、最後まで(初期)衝動を作品にぶつけていたミュージシャンを挙げたが、その時、意図して外したミュージシャンが数名いる。その内、1人はマイルス・デイヴィス、後はプリンス。(他はまだ内緒)

 

私がプリンスを初めて聴いたのは、東京の輸入盤店で『コントラバーシー』を見て

(あ、ローリング・ストーンズの全米ツアーの前座を務めた、あのプリンス?)、と思い、『コントラバーシー』を買った時だ。

 

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コントラバーシー』を聴いた私は、プリンスはファンク等のブラック・ミュージックを基盤にしながらも、ブラック・ミュージックの伝統から逸脱して、自分の新たな音楽表現を提示していることが判った。そして、それについて、その後に出た『1999』で私は確信をもった。

 

それから1984年にプリンスは『パープル・レイン』で大ブレイクを果たす。

 

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1980年代前半期の音楽シーンはと言うと、ロックもブラック・ミュージックも、もう音楽的に行き詰まっており、一部を除けば、どうでもいいようなクズばかりが跳梁跋扈しており、私はそれらに辟易していた。ところが、このアルバムでは、それまでのプリンスの作品を昇華して、「解りやすさ」と明確なポップさを帯びて、その上で、プリンスが新たな音楽言語=ボキャブラリーを提示して大成功を収めていることに拍手喝采

 

ここから超弩級の天才、プリンスの大快進撃が始まる。

次に出た『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』を発売日に買った私は

(プリンスは絶対に『パープル・レイン』とは異なった音楽をやっているぞ)、と思い、聴いたら、案の定で、しかもその完成度に驚かされた。

 

弊ブログにお越しの方々で、まだプリンスを余り聴いていない、と言う方は、せめて以下のアルバムを聴いてみて下さい。

 

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1987年の『サイン・オブ・ザ・タイムス』。

黒人であるプリンスは、リズム感に長けているし、頭のなかで常に新しいリズムが鳴っていたのであろう、このアルバムではめくるめく新たでエロティックなリズムに満ちている。ブラック・ミュージックが基盤となっているので、横ノリ・ビートだが、それまで聴いたことのないエロティックなリズムとビートで溢れており、もう、たまらない。また、時代の音楽シーンはラップの登場に次の活路を見いだしていたが、このアルバムではラップの要素がこれ以上ない形で表現されていることにも驚いた。ずばり、大傑作。

 

次に、1991年の『ダイヤモンズ・アンド・パールズ』。

 

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本作には『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』~『バットマン』までの作品を集約して、昇華し、その上で次の新たな音楽に挑むプリンスの姿勢がある。ブラック・ミュージックを基盤としながらも、それから逸脱し、多様な音楽を取り込んでミクスチャーな世界を築き上げている。また、プリンスの凄いところは音楽が閉鎖的にならずに、常に大衆性があること。ラディカルでありながら、大衆性を帯びている。ここが凄い。また、『サイン・オブ・ザ・タイムス』もだが、常に新たな音楽言語を提示してくるところも凄い。

 

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後は、マービン・ゲイが『レッツ・ゲット・イット・オン』でセックスの悦びを高らかに歌ったように、また、ブルースの歌詞にセックスの悦びを歌ったものが多いように、プリンスもセックスの悦びを高らかに歌うのだが、セックスを歌わない曲でもサウンドでセックスの悦びを常に表現している。ここも凄い。サウンドが常にエロティシズムに満ち溢れている。

余談だが、筆者は、1986年の横浜スタジアム、1989年・1990年・1992年の東京ドームでのプリンスのライブに、その時つき合っていた、それぞれの恋人と行ったのだが、めくるめくエロティックなサウンドに酔いしれ、ライブ後に恋人と激しいセックスをした。アベックでプリンスのライブに来た人たちは、ライブ後にセックスの大渦に耽溺したはずだ。筆者の友人アベックたちもそうだった。

愛は地球を救う。最高のセックスをした後に、戦争をしたいと思う人はいないだろう。

プリンスは素晴らしい。

 

3枚目に1994年の『Come』。

 

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このアルバムの頃は、プリンスとワーナーブラザースが火花を散らしていたのだが、この高尚なセックス賛歌はどうだ! 音楽的にはファンクの伝統を踏襲しているが、ファンクそのものを前進させることにより、自身の音楽をも前進させているのだから、もう、とんでもなく凄い!

 

そして同年に出た『ブラック・アルバム』。

 

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これは1987年にレコーディングされたアルバムだが、プリンスの意向により、お蔵入りになっていた作品。険悪な仲になっていたワーナーブラザースとの契約消化の為にリリースされたのか。

筆者の推測。筆者はこれを聴いた時に、このアルバムには『サイン・オブ・ザ・タイムス』~『Come』までの全要素を感じた。多分、1987年の時点で、このアルバムを創ったプリンス自身が、(とんでもないアルバムを創ってしまった)、と畏れを感じたのではないのか。プリンスは、未来につながる自分の姿を凝縮したこのアルバムに畏れを抱いた、そんな気がしてならないのだ。

超弩級の天才は、恐ろしい。

 

そして1996年に出た『イマンシペイション』。

 

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ワーナーブラザースとの確執から解放されて創られた作品。全36曲の偉大な金字塔。3枚組だが、1枚目は次のプリンスの音楽的方向性を示したもの。2枚目はソウルに大きく接近し、ソウルを前進させたもの。3枚目はグランジを導入し、ファンクを大きく広げたもの。疾風怒濤の3枚組・36曲。

 

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この96年にはプリンスが来日公演を行い、私と神さんは日本武道館に行ったのだが、詩情溢れるエロティシズム・サウンドとプリンスの歌声の余韻に浸り、神さんとセックスしたのだが、神さん、この夜のセックスが「ベスト・セックス」、と言う。私は今日まで、(あの夜を越えよう)、と努力しているのだが、神さんは、「プリンスのライブの余韻があったから、ベストなのよ」、と、つれない。

 

ただ、この作品後、私はプリンスに少々ついて行けなくなったのだ。完全にではないのだが、理解不能に陥ってしまったのだ。私は、(あ~、俺の頭のHD[ハード・ディスク]が壊れた・・・・・・)、と思ったのだ。

 

しかし、2004年の『ミューコロジー』。

 

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ここでは元々音楽的に体脂肪率が低いプリンス、ボクサーの様にさらに音をソリッドにして新たな音楽言語を提示。私は、(プリンスが帰ってきた!)、と喜んだ。

 

2006年の『3121』。

 

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ここではプリンスの過剰なまでの音楽衝動が叩きつけられており、セクシーなサウンドが余りにも心地よい。

 

だが、この後でまた私の頭のHDが壊れてしまったのだ。

そして、2016年4/21を迎える・・・・・・・。

 

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プリンスは、その超弩級の才能をもって、時代の音楽シーンを切り拓き、常に新たな音楽言語を提示してきた。そして、プリンスは常にラディカルであった。しかし、自身の音楽を閉塞させることなく、さらには大衆にも時代にも迎合することなく、それでいて大衆性をもっていたことは間違いない。これは、奇跡と言って良い。天才ならではの奇跡。

 

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あと最後に言っておきたいことは、プリンスはギタリストとしても非凡であった、と言うことだ。名ギタリスト。

 

ジミー・ペイジはO2アリーナでのプリンスのライブに行ったようだから、プリンスのファンなのだと思う。

ジェフ・ベックは、長年、ロンダ・スミスをベーシストにしているし、ハリウッド・ボウルでのライブでは「パープル・レイン」をプレイしていることから、プリンス・ファンに間違いない。

偉大なミュージシャンにリスペクトされる、それがプリンスであり、プリンスは、『ミュージシャン・オブ・ミュージシャンズ』なのだ。永遠に。