訃報(時期はずれ) 菅野沖彦!

昨年の10/13にオーディオ評論家の菅野沖彦氏が逝去した。享年86歳。

 

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筆者は昨年・・・・・・もう忘れたが、オーディオ評論家の詐欺師ぶりを糾弾した。

それでその際に、イニシャルでS・Oと記した人物は、菅野沖彦氏(イニシャル表記した理由は、既に故人であったS・Fを実名で叩く際に、仏教国の人間として憚れたが為)。

オーディオ愛好家も一応、弊ブログに訪問されておられるので、そうした方にはイニシャル表記をしても、充分ご理解頂けたものと思う。

 

この菅野氏の悪の行いは、拙稿、昨年7/31記の『詐欺に満ちたオーディオ機器を糾弾する(2)』を参照方。

 

とにかく瀬川冬樹が種を蒔き(あ、実名を書いちゃった)、菅野沖彦が確立したオーディオ評論家と国内オーディオ・メーカー&輸入元との癒着の構図には、もう辟易していた。

 

本来、オーディオ評論家となると理系の人の得意分野になるのであろうが、菅野の場合、文系オーディオ評論家にあって唯一、『分筆力だけはあったので』、読者に読ませる力があり、菅野沖彦信者もいたものだ。

それで、20世紀末までに、オーディオ機器が単品(例えば、スピーカーのみ)で300万円もすれば相当な高額機器であったのだが、この菅野沖彦、高級オーディオ機器礼賛の嵐であったことから、菅野信者が菅野が礼賛するオーディオ機器の音を自分で聴いて、自分の音の指向性と一致しようものならば、多額のローンを組んで、高額オーディオ機器を導入したものだ。

それが、スピーカーに始まって、パワー・アンプ、プリ・アンプ、と続いたら、もうローン地獄。

亭主の泥沼オーディオ・ローン問題の為に、離婚した妻が続出であった。

私が勤めていた誰もが知る大企業のなかにも離婚された男がいたし、付き合いがあったオーディオ愛好家にも、音楽ファンにもいた。今、数えてみたら14人もいた。

私は、35歳の頃まで薄給であったことから、昨年、8/19の拙稿、『思い出のオーディオ機器(1)』で記した様に、庶民派オーディオで我慢していた。ただ、音楽を良い音で聴く、ということが私の命であったし、妻がジャズ&クラシック・ピアノを弾くことから、完全防音の賃貸マンションに住んでいた為、家賃に苦労をした。

だが、私はオーディオ業界の裏をある程度知っていたことから、ローン地獄に陥らずに済んだ。

 

ともかく、この菅野沖彦、2010年から持病の糖尿病が悪化し、加えて、老人性うつ病を患い、約8年間、生ける屍であった。

やはり、人間、悪さをしていると良い死に方をしないものである。

 

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この金まみれの自動車評論家、徳大寺有恒も良い死に方をしなかったから。

 

そう言えば、菅野沖彦も徳大寺有恒成蹊大学卒なんだよなぁ。徳大寺・1939年生まれ、菅野・1932年生まれであったことから、受験番号と名前を書けば誰でも入れた時代の成蹊大、と言うことで。