JIMMY PAGEとMILES DAVISの共通点

久々の投稿になります。今まで、北米、イギリス、イタリア、フランス、ドイツを旅してきました。私が前に海外に行ったのは、2011年に仕事で北米に行ったのが最後でしたので、7年ぶりの海外旅行でした。かなり有意義な旅でしたが、音楽、ギター、オーディオに関わることで仕入れてきた話をブログのテーマに沿って、随時、書いてみたいと思います。

 

それで今日は、ジミー・ペイジマイルス・デイヴィスの共通点について記します。

 

f:id:JBL-JIMMYPAGE:20181115122405j:plain

f:id:JBL-JIMMYPAGE:20181115122518j:plain

 

先ず、マイルス・デイヴィスから記しますが、マイルスは『ウォーキン』『バグス・グルーヴ』『モダン・ジャズ・ジャイアンツ』、そしてプレスティッジに残したマラソン・セッション等々でのトランペット・プレイは、相当に巧いのです。

しかし、録音時期はマラソン・セッションの前になりますが、コロムビアとの契約第一弾となる『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』からいきなりヘタウマになり、そのヘタウマ・プレイをその後、生涯を閉じるまで貫き通します。

マイルスはコロムビアに移籍するや、技巧をかなぐり捨てて、バンドのプロデューサーとして、才能を大きく開花させ、誰も到達し得ない境地へと自らの音楽を高めました。

 

一方、ジミー・ペイジですが、彼はギタリストとしての修業時代には練習の虫で、友人であるジェフ・ベックには及ばないものの、相当な技巧を培ったものと思います。

「ギター・バンド」LED ZEPPELINでは、ジミー・ペイジがギターでしか作曲できない音楽をこれ以上なく高い完成度で表現していましたが、何故、ZEPがそうなったかと言うと、ジミー・ペイジがギタリストとして優秀だったからです。

しかし、ジミー・ペイジはZEPのデビュー・アルバムか、はたまたヤード・バーズの頃からか判然としないのですが、そのどちらかの時期にギターの練習をすることを放棄しました。ジミー・ペイジは、ギタリストとして技巧派であることをやめたのです。

筆者の推測ですが、友人のジェフ・ベックのプレイを間近に聴いていて、クラプトンが参加したブルース・ブレイカーズを聴いて、そしてジミ・ヘンドリックスのデビュー・アルバムを聴いて、ジミー・ペイジは技巧派であることをやめたのではないしょうか。

(こいつらには、どうあがいたって敵わねー)、的なノリで。

そうは言っても、1973年(1972年?)までのジミー・ペイジには、彼特有の語られるべきギター・テクがあったことは前に書いた通りです。

そのジミー・ペイジ、アルバム制作のプロデューサーとして自分に非凡な才能があったことを自覚していたに相違ありません。彼は、プロデューサーとしてもさることながら、プロデューサー的視点から楽曲創りを行い、技巧派であることをかなぐり捨てても優秀なギタリストであったからこそ、LED ZEPPELINもまた前人未踏の境地に達する音楽を創造し得たのです。

 

そうなるとジミー・ペイジマイルス・デイヴィスの共通点とは、技巧をかなぐり捨てて、プロデューサーとしての道を歩んだから、音楽的に(商業的にも)大成功を収めたのだとなります。

 

そうしたら、何故、技巧をかなぐり捨てて、音楽的に成功するんじゃい? と誰もが思いますよね。

 

筆者は、先にニューヨークに行き、1950年代のジャズ・シーンを覚えている高齢者数人から話を聞くことができました。

50年代はまだまだ黒人たちが強力な差別にあったことから、ジャズ・ミュージシャンになって食べていくことを夢見る、楽器演奏に長けた黒人たちが多数いたのだそうです。

それで、我々が今もレコードやCDで聴いている50年代のジャズ・ジャイアンツは、上記の一握りの者たちだったそうです。

そして、私はふと思ったのです。ジャズ・シーン(歴史)を紐解いてみれば、例えば白人ですがラリー・コリエルアラン・ホールズワースの様に自らのテクニックに酔いしれて、肝心の音楽の出来は二の次のような者も多いことを。

ロックだってそうです。エドワード・ヴァン・ヘイレンイングヴェイ・マルムスティーンなんて、それこそ自らのテクニックに酔いしれて、肝心の音楽はゴミ以下だと、そう言う者が後を絶ちません。

 

私は目下、ギターの修行中ですが、難易度の高いフレーズをものにした際には有頂天になってしまいます。

これが、楽器の怖いところでもあります。

楽器というものは、修行をしていく過程で知らず知らずの内に、テクニック至上主義に陥ってしまい、気がついた時には、音楽をクリエイトする能力を阻んでしまうものなのです。

クラシック音楽の様に再現芸術であるものはまだ救われますが、ジャズやポピュラー音楽の様に、自らもコンポーザーであることを要求される音楽では、楽器修得の過程でクリエイターとしての力も養っておかないとならないのです。

その理由。アメリカの複数の脳科学者が異口同音に語っていました。

人間の脳とは不思議なもので、楽器修得を一定レベルで修め、技術がその人間の限界まで確立された時点で、脳が技術至上主義に陥ってしまい、新たな音楽をクリエイトする力を失わせてしまうのだそうです。

 

f:id:JBL-JIMMYPAGE:20181115134119j:plain

 

現代(いま)なら音楽ジャンルを問わず、技巧とクリエイターとして高い極みにあるギタリストは、ジェフ・ベックだけでしょう。

 

f:id:JBL-JIMMYPAGE:20181115134610j:plain

 

それはさておき、ジミー・ペイジマイルス・デイヴィスも技巧派であることをかなぐり捨てたからこそ、それぞれが音楽的に高い境地に達し得た最大の理由なのです。