多くの日本人の限界

事件は、東京で起きた。

事件の主人公は私ではなく、埼玉に居を構え東京の大企業まで通勤している友人。

その友人は偉くなって時間に余裕ができた5年前からギター・オヤジよろしく、エレキ・ギターを東京で習っていた。学校は2つめ。1つめは、講師が30過ぎの若者で、メカニカル・トレーニングを強力に強いられた為にやめた。

そして、彼は、年齢が高い人が講師でジャズ・ギターまで完璧に押さえている腕達者な人の門下生になった。

彼はブルースから始め、ぐんぐん上達し、ロック・ギターで難易度の高いものと並行して、ジャズ/フュージョン・ギターにまで突入していた。

 

私は、3年前に、東京で彼のギター・プレイを聴いて影響を受け、ギターに開眼した。

私は、彼が弾いた見事な「スキャッター・ブレイン」に心から感心した。

 

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ところが、そんな彼が、一昨日、9/15に師匠と喧嘩をして門下生をやめた、と言う。

彼は、LED ZEPPELINが大好きなところに、師匠が、ズートルビ原理主義者(エリック・クラプトンイーグルス大好き人間でもあったらしい)。

師匠は、徹底的にZEPPを排除し、また、ジミー・ペイジを一切認めず、終始

「ジミーは下手だからな」、と、ZEPPのギターを教えることを拒んだと言う。

しかし、彼は、(この人以上の講師は、そういない)、と言う思いから、我慢をして、ZEPPナンバーについては独学で完コピに励んでいた。

 

ここで1つ、私見を述べておきたい。

お金を払ってギターを教わりにくる人は、講師にとってお客さんである。

講師は、そうしたお客さんのニーズに応えるのが義務であり、また、偏狭な心で受講生に接してはならないのだ。

あくまでも主役は、受講生なのだ。

その講師はサラリーマン経験が全くない、とのこと。

だから、その講師は、私が上で述べたことを全く理解していない。

 

話を戻す。

それで彼は、私からBEATLESが如何にしょーもないか、何故ZEPPジミー・ペイジはすごいのか、と言う論を聞いていたので、その論を講師にぶつけたとのこと。

そうしたら、その講師は、論を返してくることなく、ただ感情的に怒っただけらしい。

 

この話を昨日、友人から聞いて、私は多くの日本人の限界を垣間見た気がした。

その講師、ズートルビ原理主義者でエリック・クラプトンイーグルスが好きな訳だが(こういう人、本当に多い)、多くの日本人は、『歌』ないしは『歌メロ』が好きなのだ。そして、印象的なギター・ソロ(フレーズ)があれば良い、と言う。

そして、そういう者どもは、そのギター・ソロ(フレーズ)は、メロディックである方が良いのだ。何故なら、『歌』の代わりになるからだ。

だから、そういう者どもにとっては、ZEPPのスタジオ盤の「天国」のギター・ソロですらさえ

「滅茶苦茶、弾いてんな」、となる。そうなったなら、もうライブにおける「幻惑」は論外になってしまう。

そう言う者どもは、ジョン・コルトレーンの『セルフレスネス・fea・マイ・フェイバリット・シングス』を聴いても理解不可能なのだろう。

 

そういう者どもは、音楽が好きなのではない。基本的には、『歌』が好きなのだ。

では、音楽が好き、と言うことは、どういうことか。

初めて聴いた曲でも、自然に歌だけではなく、楽器隊の音も同時に耳に入ってくることを指す。音楽とは、歌のみならず、各楽器隊が重なって成立しているからだ。

ただ、曲のミキシングにおいて、ボーカルがオンになっているものが多すぎる。

されど、例えそういう曲でも音楽が好きな人は、初めて聴いた曲でも自然に楽器隊の音を聴くのである。ボーカルと同時に。

そういう才がある人の7割強が、オーディオ愛好家となる。

 

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そして、本格的なオーディオで『音楽』を愉しむ。

 

その私の友人もオーディオ愛好家であり、上の写真のJBL・パラゴンで音楽を聴いている。

 

日本人とは、遡れば、「う~さ~ぎお~いしか~のや~ま~♪」、の民族だ。

ビートを必要としない民族であるし、『歌』の民族だ。

だから、ズートルビ原理主義者が蔓延り、エリック・クラプトン大好き人間&イーグルス大好き人間が重なってしまう。

 

対して、LED ZEPPELINを、ジミー・ペイジはボーカルまでも楽器の一部として機能するバンドとした。

ZEPPを聴くとロバートのボーカルが入っても、バッキングの楽器隊も同時に耳に入ってくる、と言う人が少なくないことはその為だ。

だから、LED ZEPPELINは極めて音楽的なのだが。

 

ともかく、私は、昨日友人から、一昨日に生じた話を聞いて、多くの日本人の限界を思い知らされた。