詐欺に満ちたオーディオ機器を糾弾する(2)

本日、2度目の投稿である。

 

タイトルとは異なる内容であるが、以下のことを糾弾せねばオーディオ愛好家としては憤懣やる方ない。

 

オーディオが我が国で衰退した要因は多数あるが、『S・S』誌を中心としたオーディオ評論家が、オーディオの勉強もせず、国内メーカーからの、或いは輸入元の商社から多額の「お布施」を懐に入れつつ、雑誌で美辞麗句をつらつらと書いていたことも1つの要因だ。

 

オーディオ評論家と国内メーカー、或いは輸入元の商社との癒着の構図はこの人物から始まる。

 

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故人を攻撃することは、仏教国の人間である私としては名前を公表することが憚れるのでイニシャルで記す。

 

S・F。

『S・S』誌を中心に執筆を展開し、存命中、多大な人気を博した人物である。

 

時は、1976(昭和51)年。この頃は、まだオーディオ評論家と国内メーカーとの癒着は余りなかった(全てではないが)。

 

その1976(昭和51)年に、JBLが4343を発売し、当時、JBLの輸入元であったサンスイがS・Fと結託し、S・Fが雑誌上でJBL・4343礼賛の嵐。

 

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当時、クレジット・カード(ショッピング・クレジット)を使えるようになったことも手伝って、いや、4343は空前絶後のセールスを記録した。

当時、100万円はした代物だ。今なら幾らになるのか・・・・・・。

筆者は、翌年に、何と東京の一般家電製品販売店でも4343を売っているのを見たことがある。

 

サンスイからS・Fに渡った金額は相当なものであった。

 

それをS・Fの側で、S・Fのことを苦々しく思いながら見つつ、どうしたら自分もそうなれるのかを思案していた人物がいた。

 

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S・Fをイニシャルで記した以上、この者もイニシャルで書く。

 

オーディオ愛好家ならご存じ、S・O。

 

このS・Oが、先ずは海外製品において、他の評論家を巻き込んで輸入元との癒着の構図を完成させた。

 

国内メーカーとの癒着の構図は、このS・Oを中心に徐々に形成されていき、世の中はバブルの時期にありながらも、オーディオ業界が構造不況業種に認定された時に完成される。

 

S・Fが1981(昭和56)年に癌で死去したあと、『S・S』誌は、S・Oの独裁体制となり、そうであるが故に、S・Oは、輸入元と国内メーカーとの癒着の関係を存分に築くことができた。

 

本当に、オーディオ評論家たちは金まみれである。

 

但し、輸入元や国内メーカーとそれほど癒着度が深くなかった評論家もいた(全て、故人)。

 

S・Fは昼間から深酒をしたりしていたから、良い死に方をしなかったし、やはり金まみれの自動車評論家、T・Aも良い死に方をしなかった。

S・Oは、約10年近く前から持病の糖尿病が悪化し、ハードな老人性鬱病を患い、事実上のオーディオ評論家引退。

やはり、S・Oも良い死に方をする見込みなし。

 

そして、S・Oがそうなるや否や、『S・S』誌の編集長を降り、オーディオ評論家に転じた、O・K。こいつも・・・・・・(笑)。

 

S・Oなんか相当な脱税をしていたんだろうな。

レコーディング・エンジニアを辞めてオーディオ評論家専業になってから、約10台近くのポルシェとフェラーリを乗り回していたのだから。

 

 

(この稿、続く)