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ジミー・ペイジに対する風評被害

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よく、ジミー・ペイジに対して、「ギターが下手」だと言う者が多数います。

 

確かに1980年代の10年間は余りに酷く、普段ギターの練習を怠っていることが露見されました。

 

されど、私は1975年USツアーから顕著になるジミー・ペイジのギター・プレイの衰えには、或る確信犯めいたことを思っています。

それは、1975年USツアーに出る直前にペイジが左薬指を骨折したのですが、そのままツアーに出てしまったが為に、左薬指の骨か神経に後遺症を残してしまい、1977年USツアーから左薬指の動きが悪くなった、と言うことです。

 

あと、ついでに書いておきたいことに、指の治療に専念することなくツアーに出てしまったことで、Hには強力な鎮痛効果もあるが故に、とんでもない薬物依存に陥ってしまいました。泥沼の。

 

それで、アドリブ弾き大好きなペイジ。しかし、77年USツアーのブート音源を聴くと、左薬指を起点に相当乱れていることがよく分かります。もっとも、77年USツアーでは泥沼の薬物依存の為にギターを弾くよりロック・スターを演じていますが。

 

この薬指を起点に運指が目茶苦茶になり、右のピッキングも合わせられない、と言うことは1983年のARMSコンサートの動画で確認できます。

 

また、2007年のO2アリーナでのZEPP・リユニオンの前にペイジは左中指を骨折しましたが、それは多分本当で、「貴方を愛し続けて」のギター・ソロに入る際、薬指と中指が動かず、(うっ! 速弾き、できねー)、となり、スローに展開し難を乗り切ったことでも確認できます。

 

ですが、1996年のペイジ/プラント来日公演において、ペイジはZEPP・全盛時代の様に弾きまくっていたことから、練習をすれば(ペイジにとって、ライブをこなすことが練習というのが悲しいですが)、ペイジは復活することが証明されています。

 

では、1973年までは、となりますが、確かにジミー・ペイジは、確実性の面において同時代の名手たちに及びませんでした。

しかし、それが却って、LED ZEPPELINの楽曲、ライブの大きな魅力になっていたのです。「ハート・ブレイカー」のギター・ソロがリッチー・ブラックモアの様に流暢に展開されたら曲がぶっ壊れてしまいます。

 

ただ、それでも1973年までのジミー・ペイジは充分に上手い部類に入ります。

昔、日本のロック・ギター評論家が、「ペイジは5枚目のアルバムまでは予め作曲をしてギター・ソロを弾いていた」、などと妄言を吐いていました。私は、5枚目までのギター・ソロについて、ペイジの手癖の延長で成り立っていることから、(ジミー・ペイジはアドリブで弾いて、3テイクくらい録って、そのなかから1番合っているものをミキシングしていたんだ)、と思っていたのですが、私が正しかったことは、1990年にジミー・ペイジがプロモーションで来日した際のインタビューで証明されました。

即ち、ジミー・ペイジとは、日本のアホなロック・ギター評論家に、ギター・ソロを予め作曲していた、と錯覚させるほどにドンピシャのギター・ソロをアドリブで弾ける能力を有していたと言うことです。

こんな凄いロック・ギタリスト、他にはいません。

 

ジミー・ペイジは紛れもなく、天才ギタリストなのです。