早すぎたフォークロック・グループ、GARO

今日、2度目の投稿です。

 

皆さんは、70年代半ばまでに大人気だったフォーク・グループ、GAROをご存じですか? リアルタイム世代も若くて50歳でしょう。

 

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GAROは1971年にデビューしまして、堀内護(愛称、マーク)、日高富明(同、トミー)、大野真澄(同、ボーカル)の3人編成のコーラス・グループ。

GAROは、和製(と書いては失礼かも知れないが)CSN&Yを目指したグループでした。マークとトミーのアコギのプレイは、もう今でもトップ・レベルになれるほど、群を抜いたテクニックに満ち溢れ、メンバーのなかで一番、ロック色が強かったトミーはエレキ・ギターも弾いて音に色を添えました。特に、3人の声質に根ざした、声のハーモニーは本当に素晴らしいものがありました。

GAROのファースト・アルバムは、実直な邦楽ファンの間で大きな話題を呼んだものです。

 

ところが、GAROの3人にとっては不幸な出来事が生じました。

それは1973年に“美しすぎて”と言うシングル・レコードのB面に収められた“学生街の喫茶店”をGAROを大衆化路線に押し進める為に、レコード会社、プロデューサーの意向で急遽、A面に差し替えられて発売されたことです。この“学生街の喫茶店”は、GAROの自作曲ではなく、当時、売れっ子だった作詞・作曲家の曲でした。

レコード会社の思惑は当たり、“学生街の喫茶店”はヒット・チャート、1位になり、70万枚も売れ、その年の紅白歌合戦にもGAROは出場をしました。

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ただ、私は、“学生街の喫茶店”を聴くと複雑な気持ちになります。

それは、“学生街の喫茶店”が本当に良い楽曲だからです。昭和6年生まれの母は、仕事帰りに駅で“学生街の喫茶店”がよく流れているのを耳にし、(いい歌だなー)、と思ったそうです。そんな中年おばさん(当時)の心を捉えるほどの曲です。私は、今でもたまに“学生街の喫茶店”を聴くと、大きな感動を覚えます。

 

しかし、その後のGAROは、「“学生街の喫茶店”のGARO」、というのがついて周り、また、シングル曲A面全ての曲が外部のソングライターによるものでした。幾らヒット曲が相次ぎ、大人気になったとは言え、3人とも辛かったろうと思います。

私は、正直、この頃の外部のソングライターによって書かれた曲が好きではありません。

でも、トミーには少々良い面もあったのかな? 人気絶頂の1974年にトミーは渡米し、アメリカで1958年か59年のギブソンレスポール・スタンダードと1954年のフェンダーストラトキャスターを買ってきたのですから。エリック・クラプトンのファンだったトミーは、そのストラトに「レイラ」という愛称を与えたり(笑)。

 

しかし、GAROの3人は1975年に大勝負に出ました。

作詞は外部のライターに頼ったものの、作曲の多くを自らが行い、プロデューサーにミッキー・カーチス、アレンジャーに松任谷正隆を迎え、ドラムに原田裕臣、ベースに細野晴臣、キーボードに松任谷正隆、エレキ・ギターに伊藤銀次・大村憲二、ハーモニカに成田賢、バッキング・ボーカルにシュガーベイブ山下達郎大貫妙子)・吉田美奈子と言う凄まじい布陣で、無論、マークもトミーもギターを弾き、7枚目に当たるアルバム『吟遊詩人』を制作し、リリースしました。

この『吟遊詩人』での世界は、紛れもなくフォーク・ロックの世界! (70年代には、フォーク・ロック、と呼ばれるジャンルがありました) 特に、B面最後を飾るタイトルナンバー、“吟遊詩人”は、ロックと言っても差し支えない楽曲。

もう、名盤中の名盤です。邦楽史上、屈指の名盤。

 

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その後、GAROは『三叉路』というアルバムを残し、解散しました。

 

1970年代という時代を語っておきますと、その前半期に吉田拓郎井上陽水かぐや姫等々が大人気になりましたが、まだ、日本の音楽業界ではフォークがビジネス化されていなかったことから、GAROの様に所属したレコード会社が小さかった場合には、レコード会社の意を汲むしかなかったのです。日本の音楽業界でフォークがビジネス化を出来たのは、1979年頃。しかし、時代はロックへと風向きが変わり、1980年には一部を除いて、フォークの時代は終焉を迎えました。因みに、日本の音楽業界でロックがビジネス化されたのは、1988年頃です。

 

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私は、『吟遊詩人』を聴く度に思います。

GAROは早すぎた「フォーク・ロック」グループだった、と。