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マーチン D28

皆様、本当にご無沙汰しておりました。

 

この数ヶ月間、公私ともに多忙を極めて、更新を怠ってしまいました。

 

改めて、宜しくお願い致します。

 

何か、私のIDって解りにくいと思いますので(JIMMY PAGEを尊敬しているからですが)、私のことをMeacy(マーシー)と呼んで下さいね。Meacyとは、私のニックネームです。

 

本当に、この数ヶ月間、いろいろありましたが、ギターや音楽創作等々への関心が薄れた訳ではなく、極めて多忙であったことから、むしろ逆に、ギターや音楽創作等々への関心がいっそう強まりました。強力に。

 

この間、我が愛器のギターが少々、変わりまして、そのギターくんの紹介をしたいと思います。

 

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ありゃ、間違えた。これは、昨年7月に購入したマーチンD28(1973年製)です。

 

私ら世代は、先ず、マーチンが好きな人が多いです。

以前、記した、GAROでマークがD45を主に使用し、トミーがD28等々を用い、ギター・サウンドをつくっていましたが、私はD28が大好きでした。

 

1973年製のD28を運良く買えましたが、この頃のマーチンは経営危機にありながらも今では考えられない良い材質を用いています。

 

もう、激鳴りです。

 

ただ、その後(この数ヶ月間の間)に、新品のアコギを購入してD28ともどもに弾いていたら、D28のネックが少々順反りしていることが判りましたので、近日中に楽器店に持って行き、ネックを直してもらいます。

 

ですが、D28を抱えますと、どうしてもLED ZEPPELINの“Baby、I'm Gonna Leave You”の練習をしてしまいます。

 

私は小6の1月に、LED ZEPPELINのファースト・アルバムを買って聴き、“Baby,I'm Gonna Leave You”に衝撃を覚え、(ロック・ギタリストたるもの、アコギも達者じゃなくてはいけない)、と、JIMMY PAGEから教わりました。

 

そうした原体験がありますから、“Baby、I'm Gonna Leave You”の練習をやってしまいます。

 

ただ、私は、マーチンを抱えてもギブソンの様に弾いてしまいます(笑)。

 

アコギ、1本を取っても、ギターは奥が深くて楽しいです。

 

頑張って練習しまーす!

 

 

私が大好きな日本人ギタリスト

洋楽ロック世代である私は本当なら、「私の好きなギタリスト」として英・米のギタリストを挙げるべきかと思います。

 

ただ、それだとあざといので、私の「大好きな日本人ギタリスト」を挙げてみたいと思います。

 

先ず、Char(竹中尚人)。

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Charと言えばムスタングかも知れませんが、敢えてストラトを抱えた写真を。

私は、もう本当にCharがうらやましい。Charくらいに自由にギターを弾けたなら、どんなに楽しいことかと思ってしまいます。「自由にギターを弾けたなら」、と言えば、ジミ・ヘン、ジェフ・ベックがいますが、この二人はもう次元が違いますから。そこへ行くと、Charは同じ日本人。やー、Charがうらやましい限りです。

 

私は、「ロック・ギタリストたるもの、アコギも達者でなくてはならない」、と小6の時にジミー・ペイジに教わった訳ですが、Charはアコギも超一流。

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カッコいいです。

 

次に、Chaboさんこと、仲井戸麗市さん。

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RCサクセション時代のChaboさんのエレキのギター・プレイはお世辞にも上手いとは言えませんでしたが、91年のRC無期限活動停止後に、相当、エレキの練習を積んだのでしょう。1999年には、ブルージーな味を持ち味とする見事なエレキ・ギタリストになられました。ですが、1980年にRCがブレイクした時には、忌野清志郎とChaboさん、2人のフロントマンがスターになってくれて嬉しかったものです。それまで日本のロックと言えば、甲斐バンド甲斐よしひろ、ツイストの世良公則、サザンの桑田の様に、ボーカリストがスターでしたから。ビートルズのジョン&ポール、ストーンズのミック&キース、ZEPPのジミー&ロバート、エアロスミスのスティーブン&ジョーの様に海外のビッグネームにはフロントマンの2人がスターというのが割と多かったものの、日本にはなく、そこにRCが出てきて拍手喝采したものでした。

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Chaboさんは古井戸時代からアコギ弾き。めっちゃ、カッコいいプレイをします。

 

3人目は、渡辺香津美さん。

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私は、渡辺さんがブレイクした1979年頃はそれほど好きではなかったのですが、90年代早々に大好きになりました。

ギター・プレイはブレイクした頃には、「やけに達者だな~」、と感心したものの音楽の指向性が私に合わず。ですが、90年代早々に音楽的波長も合い、大ファンになりました。

 

でも、渡辺香津美さんにはPRSは使ってほしくなかった(苦笑)。

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渡辺香津美さんもアコギの達人。つか、日本クラシック・ギター史上NO1のギタリストである福田進一さんと交流があるほどですから、メッチャ、上手い。

 

やはり、3人とも日本人であるが故に、ギタリストを目指そうものならば、ハートに火をつけてくれますよね。

音の決め手は、スピーカー

私はオーディオが大好きです。大好きな音楽を良い音で聴くと、とても楽しくなります。

 

私は、故あって、高校生の頃から、JBLのLA15A・ウーファー2発(Wウーファーですね)に、オーディオの至宝であるコンプレッション・ドライバーのJBL・375をミッドに、ホーンには2395を、高域にはJBLの075を使用してマルチ・アンプ駆動をすることが夢でありました。

 

理由は、そのスピーカー・システムが最良の音を出すからです。

 

その夢を私は10年以上も前に叶えました。

 

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部屋のなかが汚くて申し訳ありません。

 

JBLの375とはWEの594Aドライバーの永久磁石版として、JBLのバート・ロカンシーを中心として開発されたもので、1953年頃の登場から、未だもって、本家である594Aを除けば(永久磁石のコンプレッション・ドライバーとしては)最強を誇ります。

 

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JBL・375と言えば、その脅威とも言えるアルニコの磁束密度ばかりが強調されがちですが、最も凄いのは振動板が強力なこと。振動板が重いのです。

導入して直ぐに私はマッキントッシュのMC240を375につないでみましたが、375が全く鳴りませんでした。MC275や、MC30、MC60、#2、#9と言った、ドライブ能力がハンパない真空管アンプでないと振動板が動いてくれず、うすらぼやけた音になってしまうことを実感しました。

そんなハイパワー・真空管アンプでないと振動板が動いてくれませんので、トランジスター・アンプの場合には8Ωで270Wは必要です。

事実上引退した、某オーディオ評論家は、375に長年、SANSUIのハイパワー・トランジスター・アンプを使用しており、病気になる前には、マッキントッシュのMC300、次いでMC402を使用していました。但し、375にはトランジスター・アンプは合わないと思います。私もMC7270を375につないでみた経験がありますが、音が乾ききって、ドライ過ぎて、聴けたものではありませんでした。375には、やはり、真空管アンプかな、それもビンテージの真空管アンプかな、と思います。

 

375は振動板がぶ厚いのですが、それが何故良いのか、となりますが、振動板がぶ厚ければ、「音の支点」が大きく定まるのです。「音の支点」に揺らぎが全くない。だからこそ、音がこの上なく明瞭になるのです。

 

WE(ウエスタン・エレクトリック)は、第二次世界対戦終了後に、米国に、「コスト」という概念が定着して以来、消えて行く運命にありました。WEのスピーカーは、コストなど全く関係なしに作られていたからです。

しかし、時はまだ戦前の名残が残っている時代。JBLのバート・ロカンシーたちは、「コストなるものがあるが、そんなもの無視して、良いものを作ろうぜ!」、と意気軒昂だったに相違ありません。

 

だからこそ、WEの594Aの永久磁石のコンプレッション・ドライバー、375を開発し得たのですから。

 

本物とは、「コストを度外視してこそ」生まれるものなのです。車の空冷エンジン時代のポルシェ911を除けば。

 

WEものと同様なコンデンサーを入手して以来、私は、マルチ・アンプ駆動をやめて、375と075の間にそのコンデンサーをかまして、シングル・アンプで鳴らしています。

これを経験したら、マルチ・アンプの場合、ウーファー、ミッド、ハイ、と各ユニットにパワー・アンプの音が入り込み、如何に音が濁らせているかが判った次第です。

早くボーカリストを卒業したいです

当ブログの最初の記事で、ギターを再開した旨、記しましたが、実は私、バンドマンでして、ボーカリストを務めています。

 

場所は、首都圏ではない日本の片隅で。

 

そんな私ですが、何故、ギターを再開したかと言いますと、第一に、ギターが好きだから(笑)。

ともすれば第二の理由の方が大きいと思われるのですが、私は今、50歳。50歳の私がロックを歌っている訳ですけれど、例えばラブソングのバラード曲があったとして、50歳の目線から歌った等身大のラブソングを書いて、歌いますが、もう釈然としないんですよ。やっている私(たち)も、ライブに来て下さるお客さんも。

 

あの偉大な忌野清志郎さんならば、年齢が高くなっても素敵なラブソングを書いて、歌ったことでしょう。

しかし、それは偉大な忌野清志郎さんだから可能だったこと。

 

私では、とても、とても。

 

己の限界を感じているところです。

 

そんな私が何故、ボーカリストに据えられているかと言うと、バンドのメンバー、皆がオヤジだから(笑)。あと、私に、それ相応の歌唱力とソング・ライティング能力があるからです。

 

でも、等身大のラブソングなんてものには、もう限界があります。

まさか、(若いお姉ちゃんを引っかけて♪ キャバクラに行って、惚れたキャバ嬢を口説くのさ♪)、なんては歌えません。

 

そこへ行くと、ギタリストであれば年齢関係なし。腕達者になれば、自分のバンドのみならず、あっちのライブでセッション、こっちのライブでセッション、と、やり方次第にもなりますが、生涯現役でやれます。

 

私、知らなかったのですが、首都圏の場合、まあ、競合するライバルも多いことからセミプロになることが地方よりも困難らしいのです。

 

私は一応、ボーカリストをバンドで務めていて、たいした金額ではないですが、一応のお金は得ています。

1980年代間もない時期には、関西のハードロック系バンドがセミプロをやっていて、人気を博していたものです。今の関西事情は知りませんが。

 

まあ、今のバンドからは、「ギターが上達するまで、ボーカリストを務めてくれ」、と言われていますので、暫くは頑張りますが、泣いても笑っても一回こっきりの人生、ギタリストを目指して頑張ります。

LED ZEPPELIN 『永遠の詩』

皆さんは、このCD、またはレコードによって人生を変えられた、と言う経験をお持ちではありませんか?

 

私の場合、LED ZEPPELINの『永遠の詩』です。

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小学6年生の夏休みに入って間もない時期に、クラスメイトの友人宅に遊びに行ったのですが、その友人がラジオでエアチェックをした、LED ZEPPELINの“Rock and Roll”と“Celebration Day”を聴かせてくれたのです。

 

私はそれまで、ロックをビートルズ、キッス、クイーンしかまともに聴いたことがなかったのですが、このLED ZEPPELINの2曲は、私にとんでもない影響を与えました。

先ず第1に、ビートルズ、キッス、クイーンとかの場合ですと歌が入ると、自然に歌に耳が向かうものでしたが、LED ZEPPELINの場合、ギター、ボーカル、ベース、ドラムの音が均等に耳に入ってきたのです。

第2に、“Rock and Roll”の、のっけから、ジミー・ペイジの58年レスポール&マーシャル・サウンドにやられてしまったのです。

 

(これは、とんでもないものを聴いてしまった)、と、私は思いました。

 

更に、7月下旬に発売されていた「ミュージック・ライフ」のグラビアにLED ZEPPELINのフォトが載っており、Wネック・ギターを弾くジミー・ペイジを見て、(Wネック・ギターって何じゃーっっっ!!!)、となったのです。

 

そして、本来ならビートルズの『フォー・セール』とキッスの『デストロイヤー』を買う予定であった予算を一気に、LED ZEPPELINの『永遠の詩』に向けたのです。

 

そして、レコードを聴いた私は、もう、ぶっ飛んでしまいました。

また、夏休み中に発売された「音楽専科」の別冊で、ZEPPの全米ツアーのグラビアを見て、メンバー4人を食い入るように見ました。

 

『永遠の詩』のB面の“Dazed And Confused”を何度も聴くと、ギター・プレイが少々粗いことは解りましたが、ジミー・ペイジは私のギター・ヒーローになりました。エース・フレイリーを蹴落として。

 

また、私は、その時点では漠然としていたものの、

LED ZEPPELINとは、音の質感を聴かせるバンドだ)

と思ったのです。それは、その後、スタジオ盤を買って、聴いていく内に確信となりました。

それで、当時、家にあったオーディオ機器は小さなポータブル・ステレオと買って貰って間もないラジカセのみ。

(こんなんじゃ、LED ZEPPELINの音を聴くのに不充分だ)

と思い、遙かに年長の従兄が購読していた『ステレオ・サウンド』を見て、私はオーディオに目覚めたのです。

 

いやー、中学生になって間もない時期に、オーディオ店でマッキントッシュのC32とMC2300で鳴らしたJBL4343で『LED ZEPPELIN  Ⅳ』を聴いた時には大きな感動を覚えました。

中1の秋に、私は、テクニクスコンポーネントを購入したのですが、

(将来は、JBLマーク・レヴィンソンのプリ・アンプとマッキントッシュのパワー・アンプで鳴らすぞ!)

と、堅く心に誓ったものでした。

 

その後、中学生の時からロックと並行して、ジャズやブルースも聴くようになり、今日に至りますが、「私の人生の一枚のレコード」と言われたら、私は躊躇うことなく、LED ZEPPELINの『永遠の詩』を挙げます。

 

このLED ZEPPELINの『永遠の詩』に出会わなくば、私の人生は無味乾燥なものになっていたでしょう。

 

日本の企業は従業員をナメている!

と、言うタイトルで始まりましたが、私がサラリーマンをやめた顛末を記します。これが音楽ネタに直結すると思います(多分)。

 

私がブログの最初に記した様に、1990年代とは、「仕事をできる人間は、死ぬ直前まで使え!」、と言う本当に荒っぽい時代でした。不幸にも過労死をされたり、過労自殺をされた方々が多数いたのですが、当時はマスコミがそうした報道をするだけで、何の対策も採られませんでした。

 

私はとんでもない所定外労働時間をこなし(もちろん、サビ残)て頑張ったのですが、私は過重労働からうつ病になりました。

そして、私はその会社に辞表を出しました。

当時は、うつ病に対する社会的偏見が根強く、公的機関も何の対策も採らなかったことから、私は自然発生的に「自主退職」を迫られました。

私は私で、(もう、あんな職場にいたくない!)、と言う気持ちから、割とさっぱりしていました。

 

それから暫く私は心療内科クリニック通いをし、薬を服用し、安静加療をしていました。

 

されど、私の両親、特に母に、うつ病に対する理解がなかったことから、私は病状が和らいだ頃を見計らい、アルバイトを見つけて、暫く、バイト生活をしました。

まさか、昭和一桁生まれの人間を親にもった以上、ニート生活なんて許されませんし、人間、生きている以上、生活にお金が必要なことからバイト生活は当然、と言う意識でした。

 

そして、その後、私は新たな会社に就職をしました。再就職をした時期がラッキーでした。その後に、派遣労働者を中心とした非正規雇用労働者の採用が全国規模で展開されたのですから。

ですが、私は前職が製造業の経理であったことから、再就職先も製造業で、職務は経理。

その頃は、『ワーク・ライフ・バランス』という言葉があり、90年代の荒っぽい使われ方はしませんでした。

 

それから一応、私の人生は順調に見受けられましたが、父の死後、母の様子がおかしくなってきたのです。

そして、2年くらいが経った頃に、私は、母が認知症になったことを自覚しました。

 

その母は、(認知症、いよいよヤバイぞ)、と私が思った時に、脳内出血で倒れました。幸い、病状は軽かったのですが、認知症が勢い進行しました。

 

私は、職場の課長に、介護休職制度の利用をお願いしたのですが、「アカン」、の一点張り。業を煮やした私は、またもや会社に辞表を出しました。

 

そして、私は母の介護生活へと入りました。

この後のことは割愛しますが、母は無事にグループ・ホームに入居にすることができ、穏やかな老後を過ごしています。

 

以上が私のサラリーマン経験ですが、「日本の企業は従業員をナメている!」、と声高に訴えさせて頂きます。

エレ・ガット・ギター Yairi CE-3

昨日はブログを書く時間がありませんでした。

 

昨夜は、私が住む街にあるジャズ・バーに行きました。

初めて入ったお店なのですが、人伝に、客がジャズのセッションをするお店である話を聞いたからです。

 

実際にそう言うお店で、私が住む田舎街にも「こういうお店があるんだー」、と、心強く思いました。

 

 

それで、エレ・ガットでジャズ・スタンダード・ナンバーを弾く人がいらして、その方が達者だったのに先ず、驚きました。

 

実は、私、エレ・ガットというギターがあることを昨夜まで知りませんでした。

YAIRIのギターだそうですが、ナイロン弦で、しかもネックがクラシック・ギターより細身なんですね。

或るSNSで、東京のジャズ・シンガーの写真でクラシック・ギターを手にされている人をよく見かけたものですが、エレ・ガットだったのでしょうね。

ボーカルはマイクを使いますので、声量が大きくなりますから、普通のクラシック・ギターでは、ギターの音がかき消されてしまいます。

 

私はジャズで主にクラシック・ギターを用いるのは、ボサノヴァを弾く時だけ、と思っていたのですが、さに非ず。エレ・ガットを用い、ジャズ・ボーカルのバッキングを務めることもある、と言うことを初めて知りました。

 

やはり、街に出て、色々経験することの必要性を痛感しました。

 

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これはYAIRIのCE3(だったかな/汗)で、これがネックが細身なようです。

 

私は、ボサノヴァを弾きたい、と言う思いから、高校時代にまで使っていたクラシック・ギターを引っ張り出したところですが、エレキ、アコギから比べると極端にネックを太く感じてしまいます。

何、昔取った杵柄さ、と思ったものの、3種類のギターを同時並行に練習しますと、クラシック・ギターのネックの太さに閉口しています。

 

昨夜、帰宅してからYAIRIの中古を見ましたが、なかなかCE3の中古がなく、あってもSOLD OUTの文字が。人気ギターなんですねー。

 

私にもっとギターの知識があれば、昨年、もっと計画的なギターの購入をできたのですが、そうは行きませんでした。

 

今あるクラシック・ギターのネックをシェイプして、エレ・ガットにできないか、馴染みの楽器店で相談してみたいと思います。

今はもう、クラシック・ギターそのものには興味がなく(と言うよりも、クラシック・ギターの楽曲を演奏することに興味を失っています)、エレ・ガットでボサノヴァやジャズを弾きたいという強い思いがあります。

 

 

追記

 

ダメです、今あるクラシック・ギターをエレ・ガットにする作戦。

昨夜、ジャズ・バーでYAIRIのエレ・ガットを見させてもらったら、ちょっと理由を忘れましたが、ボディも薄めなんです。ボディが薄めだからこそ、「ああいう音が出る」のであって。

 

しょぼ~ん、です。。。