天才、グレース・マーヤ! だけど、一言

2007年の早い時期であったと思う。私は、東京のオーディオ店で他の客がスピーカー選びをするのを見ていて、その客が試聴用に用いたCDを聴いて驚いた。

アメリカで物凄い女性ジャズ・シンガーが現れたんだな)、そう思った。

ところが、そのCD、何と日本人女性ジャズ・シンガー兼ピアニストであるグレース・マーヤという人のものらしい。

私は、驚いて、CD、『ルック・オブ・ラブ』を買って帰り、家でCDを聴いた。

即座に私は、(天才の登場だ!)、と思った。

 

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(女王様ルックがすごいね・・・・・)

 

そして、本来、ミュージシャンの本当の力量を知るにはライブに触れるべきだが、程なくして、『ラスト・ライブ・アット・DUG』が出た。

DUGは、私の青春の聖地である。DUGで意気投合したおネーチャンと激しいセックスしたり。あ、これでは性地か。ともかく私は、DUGの閉店を惜しみつつ、そのCDを聴いたら、いや~、ハンパなかったっす。マーヤさんのボーカルとピアノ・プレイ。

 

そして、全国のオーディオ店でグレース・マーヤのCDが販売され(SACDとのハイブリット盤、というのが大きかった)、グレース・マーヤ・ブームが生じた。

私は都合、4度、東京でのグレース・マーヤのライブに行こうとしたのだが、チケットがソールド・アウト。悔しかった・・・・・・。

その後、グレース・マーヤはソウルに接近した『ジャスト・ザ・トゥ・オブ・アス』、お約束のボサノバ『イパネマの娘』を出し、ファンを喜ばせていた。

 

ところが、マーヤ嬢、いろいろあったようで、2011年には東京でのチケットを取りやすくなっており、5月だったと思うが、お茶の水NARUで私は晴れてグレース・マーヤのライブに触れることができた。

ただ、私は驚いた。

あれほどスイング感たっぷりでギンギンなジャズをプレイしていたグレース・マーヤが、ブルースをプレイしていたからだ。

 

(゜゜)?   (。。)?  (゜゜)?  (。。)?

 

だが、素晴らしいライブだった。グレース・マーヤのボーカルもピアノ・プレイも素晴らしかった。

 

そして、その年の9月か10月に、ブルースアレイ・ジャパンでのマーヤのライブに行った。ドラマーは村上ポンタ秀一

や、この時もブルースのライブだったのだが、ラストのブルース(ゴスペル?)・バージョンの「イマジン」には、舌を巻いた。目を閉じると、黒人女性シンガーが歌い、ピアノを弾いているかのように思われたのだ。

エリック・クラプトン、反省して、もっとギターを練習しろ)、と思ったほどにすごかったのだ。

 

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そして、久々にアルバム『ポイシアンナ』が発売されたが、ブルース・アルバムだったのだ。

 

その後、2012年12月に隣の県の市と私が住む市で、グレース・マーヤのクリスマス・ライブが行われ、私は、その双方に行った。

双方でブルース・バージョンの「ハッピー・クリスマス」をプレイしてくれたが、白眉のできで、私は大感激。また、私はあろうことかFBで友達になっていてくれているマーヤさんに「サニー」をリクエストしていたのだが、私の市でプレイしてくれ、本当に嬉しかった。

 

グレース・マーヤは、本当に天才だ。その歌唱力もさることながら、ピアノ・プレイがすごい。彼女の手にかかるとありきたりのピアノが、マルタ・アルゲリッチ様ご愛用のスタインウェイの音に変わってしまう。音がキラキラと輝くのだ。

 

そして、私はマーヤさんと少々お話をしたのだが、ブルースに心惹かれてプロになったとのこと。なるほど、と納得した私。

 

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マーヤさんは、2015年にもバレンタイン・ライブで我が街に来てくれ、2016年の春にも来てくれ、素晴らしいボーカルとピアノ・プレイを披露してくれた。後者では、インスト&ブルースの「さくら」~「マイ・フェイバリット・シングス」のピアノ・プレイが本当に素晴らしかった。揺るぎない真の天才のプレイだった。

 

ただ、私はマーヤさんに一言、申し上げたい。いや、二言か。

レコーディングにおいて歌に専念したいのは解るが、ファンはマーヤさんの神業のピアノ・プレイも期待しているのだから、ピアノもプレイしてほしい。

次に、お願いだからマーヤさん! また、ギンギンにスイングしたジャズもやって下さい!

 

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・・・・・・・・・・( ̄人 ̄)・・・・・・・・・

(神様、仏様、マーヤ様)

 

 

 

 

 

日本のジャズの扉を開けた天才、大西順子

私は中1の終わりにジャズに目覚めた。きっかけは、マイルス・デイヴィスの『カインド・オブ・ブルー』であった。

 

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その後、私はジャズにのめり込んで行くと同時に、日本のジャズも聴いたのだが、すごい、と思ったのは阿部薫渡辺香津美さんだけで、渡辺貞夫も日野晧正も山下洋輔も好きになれなかった。

日本人にジャズなんて無理なんだ、と思った。こういう人、同世代に多い。

 

ところが長い月日を経て、1993年、私はレコード屋大西順子の『WOW』を手にし

(今、話題の大西順子か)、と思い、何の期待もせずにCDを買い、帰宅してフィリップス・LHH700のCDトレイにCDを乗せた。

すると私は

 

(/゜□゜;)/

 

となった。

(すごい天才の登場だ!)、そう確信した。

 

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その後、大西順子は日本人初のヴィレッジ・バンガード連続出演を行い、大快進撃を進めたことは皆さん、ご承知の通り。

とにもかくにも、大西順子の登場は、一大センセーションだった。

 

そして

 

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山中千尋

 

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グレース・マーヤ(この人は、本当はブルースの人だが)

 

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纐纈歩美

 

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寺久保エレナ

 

という天才が登場し、日本のジャズ・シーンが活気づいた。本場、NYのジャズより楽しい。

意図して女性ミュージシャンを挙げている訳ではない。本当に天才だからだ。

また、ベーシストには、俵山昌之、井上陽介、鳥越啓介と言った天才が、ドラマーには、本田珠也、山田玲(あきら)と言った天才が現れた。

 

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井上陽介さん)

 

 だが、大西順子の登場は実にタイムリーだった。

ジャズ・ファンが今ほど高齢化することなく、人口も多く(8年ほど前から若いジャズ・ファンも増えているが)、何よりもCDが売れに売れている90年代にデビューし、活躍していたことが、タイムリーだった。この大西順子の登場がなくば、山中千尋、グレース・マーヤ、纐纈歩美、寺久保エレナの登場もあり得なかったかも知れない。

 

では、大西順子の何がそんなにすごいのか。

テクニックのことよりも、2016年3/16のライブで私が経験したことを記した方が、大西順子のすごさを物語る。

 

アルバム、『Tea Times』のレコーディングの前か後でのライブか忘れたが、その『Tea Times』の楽曲が中心のライブで、2ndステージが物凄かった。

曲名を忘れているが、ポリリズムの曲で、冒頭から大西、ベースの井上陽介さん、ドラムの山田玲(あきら)くんがリズムを合わせられず、2度、中断した。

それが奏功した。

曲のリズムに3人がノッたら、大西順子が井上さん、山田くんを完全にシカトし、暴走した。

 

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1997年、98年に東京で大西順子のライブに触れたことがあるが、この日の暴走ぶりはハンパなかった。

大西順子のすごさは、紛れもなく、ハード・ドライビング・ピアノとリリシズム溢れる知的で静謐なピアノ・プレイにある。

だが、この日のハード・ドライビング・ピアノはとんでもなくすごく、直ぐにドラムの山田くんも井上さんをシカトし、暴走した。山田くんは、ジョン・ボーナムのフレーズを何度も叩いた。連打した。

 

ここまで書けば、ロック・ファンなら、ご存じの様に、調子が良い時のLED ZEPPELINのライブ同様なのだ。

暴走する大西順子と山田くんをつなぎ止め、かろうじて楽曲が崩壊するのを防いでいた井上さんとの3人の間で化学反応が生じ、物凄いライブとなった。

これが2ndステージ全体を通し、果てはアンコールまで続いたのだから私は狂喜乱舞した。

 

ジャズの場合、メンバーが固定化せず(していても短期間)、常に流動化している宿命上、東京までジャズを聴きに行っている私は、メンバー間で化学反応が生じたライブを経験していない。この2016年3/16の大西順子トリオの他には、2011年6月、ブルースアレイ・ジャパンでの纐纈歩美カルテットでのライブだけだ。

 

ただ、大西順子の場合、天才にありがちな常軌を逸したことをする為に、駄作なアルバムをつくってしまう。

バロック』もそうだったし、『Tea Times』も残念作だった。『Tea Times』ではポリリズムが中心の楽曲にしたいが為に、コンポーザーに菊地成孔を迎えたのだと思うが、菊地は凡人だ。故に、失敗した。

 

けれども、昨年、正気を取り戻した大西順子は、『グラマラス・ライフ』と『ベリー・スペシャル』の傑作アルバムを出し、ファンを感動させてくれた。

 

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でも、狂気の状態時での大西順子の傑作アルバムを聴きたいものだ。

 

何にしても、大西順子が日本のジャズの扉を開けたのだ。

 

 

 

 

 

 

ROLLING STONESとの決別

私は、中1の時に『サム・ガールズ』を出し、全米ツアーを行っていたROLLNG STONESを聴いて、大ファンになり、2016年の夏頃まで愛し続けていた。38年間。

ロック・バンドとしては、LED ZEPPLINの次に愛していた。38年間。

 

ブルースを基に、基本、3コード三昧の永遠のワンパターンでありながらもSTONESを愛していた。

 

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歌も演奏も呆れる程に下手くそであるが、ブルースで鍛えたからこそ、あの凄いグルーヴ感を出せるSTONESが好きだった。

 

そして、『ベガーズ・バンケット』と『イグザイル~』で解るように、ブルースのカバーをやっても、ミック・ジャガーのバランス感覚が凄く、古くさくないところが凄い。

ブルースのカバーは、エリック・クラプトンを除いて白人ミュージシャンが行うと古くさくて仕方がないのが難だが、ミック・ジャガーが偉かった。

60年代は、ブルース(或いは、ブルース・ロック)の時代だが、ピーター・グリーンもマイク・ブルームフィールドもその他大勢の連中も時代の流れと共に風化してしまった。

ミック・ジャガーが偉かったので、STONESのブルースは風化しなかった。

 

LED ZEPPELINの場合には、ブルースを対象化し、自らの白人音楽としてのロック確立の為の構成要素としたのが極めて斬新であったことから、風化しなかった。2018年の今日まで、現在進行形であるところが凄い。

ジミー・ペイジは、本当に偉かった。

但し、そうしたZEPPの姿勢がクラプトンやキース・リチャーズと言ったブルース純粋主義者の癪に障り酷評され、雑誌「ローリングストーン」を中心に酷評を浴びたが。

ブルース純粋主義者や時代は、如何に黒人ブルース・メンの様に、ギターを弾き、歌えるかが課題としていたのだ。

されど、ZEPPジミー・ペイジの圧倒的勝利に終わったことは歴史が証明している。

 

だが、2016年の初秋か晩秋か初冬か忘れたが、キース・リチャーズ

 

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LED ZEPPELINをして

 

「ジミーはいい奴だ。だが、俺はLED ZEPPELINが大嫌いだ。解るだろう? 空っぽだからな」

 

などとほざき、その年の終わり近くにSTONESがブルースのカバー・アルバム、『ブルー&ロンサム』を出し、「I Can't Quit You Baby」もカバーしていた、が。

完璧に古くさくて聴けた代物ではなかった。

ミック・ジャガーの才能も枯渇したことを実感した。

だけど、キースが

「(I Can't Quit You Baby)ってのは、こうやってやるもんなんだぜ」、と言いたげな状態であったことから、私は

 

「Hey、キース! 空っぽなのは、おめーの頭だぜ!」

 

と、キースとSTONESと決別をした。

 

私は、もうキースの知能の低さに呆れ果てると同時に、キースの裸の王様ぶりに絶望したのだ。

 

そして、私は昨年の夏に何とはなしに、冷めた頭でSTONESの『ベガーズ・バンケット』~『サム・ガールズ』までを一気聴きした、ら。

 

その余りのしょーもなさに絶句してしまった(グルーヴ感だけは認めるが)。

 

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しょーもないと思った理由は、音楽の幅が余りにも狭すぎるからだ。

ブルース純粋主義者(キース・リチャーズ)を抱えていると、どうしてもそうなってしまう。

ミック・ジャガーが、『アンダー・カバー』でヒップ・ポップもやれない楽器隊に嫌気がさし、ソロ活動を行った理由が、改めて強くよく解った次第。

 

2chのスレ・タイトルに、【ローリングストーンズは知的障害者の為の音楽】、と言うのがあったが、同意した次第。

多くの日本人の限界

事件は、東京で起きた。

事件の主人公は私ではなく、埼玉に居を構え東京の大企業まで通勤している友人。

その友人は偉くなって時間に余裕ができた5年前からギター・オヤジよろしく、エレキ・ギターを東京で習っていた。学校は2つめ。1つめは、講師が30過ぎの若者で、メカニカル・トレーニングを強力に強いられた為にやめた。

そして、彼は、年齢が高い人が講師でジャズ・ギターまで完璧に押さえている腕達者な人の門下生になった。

彼はブルースから始め、ぐんぐん上達し、ロック・ギターで難易度の高いものと並行して、ジャズ/フュージョン・ギターにまで突入していた。

 

私は、3年前に、東京で彼のギター・プレイを聴いて影響を受け、ギターに開眼した。

私は、彼が弾いた見事な「スキャッター・ブレイン」に心から感心した。

 

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ところが、そんな彼が、一昨日、9/15に師匠と喧嘩をして門下生をやめた、と言う。

彼は、LED ZEPPELINが大好きなところに、師匠が、ズートルビ原理主義者(エリック・クラプトンイーグルス大好き人間でもあったらしい)。

師匠は、徹底的にZEPPを排除し、また、ジミー・ペイジを一切認めず、終始

「ジミーは下手だからな」、と、ZEPPのギターを教えることを拒んだと言う。

しかし、彼は、(この人以上の講師は、そういない)、と言う思いから、我慢をして、ZEPPナンバーについては独学で完コピに励んでいた。

 

ここで1つ、私見を述べておきたい。

お金を払ってギターを教わりにくる人は、講師にとってお客さんである。

講師は、そうしたお客さんのニーズに応えるのが義務であり、また、偏狭な心で受講生に接してはならないのだ。

あくまでも主役は、受講生なのだ。

その講師はサラリーマン経験が全くない、とのこと。

だから、その講師は、私が上で述べたことを全く理解していない。

 

話を戻す。

それで彼は、私からBEATLESが如何にしょーもないか、何故ZEPPジミー・ペイジはすごいのか、と言う論を聞いていたので、その論を講師にぶつけたとのこと。

そうしたら、その講師は、論を返してくることなく、ただ感情的に怒っただけらしい。

 

この話を昨日、友人から聞いて、私は多くの日本人の限界を垣間見た気がした。

その講師、ズートルビ原理主義者でエリック・クラプトンイーグルスが好きな訳だが(こういう人、本当に多い)、多くの日本人は、『歌』ないしは『歌メロ』が好きなのだ。そして、印象的なギター・ソロ(フレーズ)があれば良い、と言う。

そして、そういう者どもは、そのギター・ソロ(フレーズ)は、メロディックである方が良いのだ。何故なら、『歌』の代わりになるからだ。

だから、そういう者どもにとっては、ZEPPのスタジオ盤の「天国」のギター・ソロですらさえ

「滅茶苦茶、弾いてんな」、となる。そうなったなら、もうライブにおける「幻惑」は論外になってしまう。

そう言う者どもは、ジョン・コルトレーンの『セルフレスネス・fea・マイ・フェイバリット・シングス』を聴いても理解不可能なのだろう。

 

そういう者どもは、音楽が好きなのではない。基本的には、『歌』が好きなのだ。

では、音楽が好き、と言うことは、どういうことか。

初めて聴いた曲でも、自然に歌だけではなく、楽器隊の音も同時に耳に入ってくることを指す。音楽とは、歌のみならず、各楽器隊が重なって成立しているからだ。

ただ、曲のミキシングにおいて、ボーカルがオンになっているものが多すぎる。

されど、例えそういう曲でも音楽が好きな人は、初めて聴いた曲でも自然に楽器隊の音を聴くのである。ボーカルと同時に。

そういう才がある人の7割強が、オーディオ愛好家となる。

 

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そして、本格的なオーディオで『音楽』を愉しむ。

 

その私の友人もオーディオ愛好家であり、上の写真のJBL・パラゴンで音楽を聴いている。

 

日本人とは、遡れば、「う~さ~ぎお~いしか~のや~ま~♪」、の民族だ。

ビートを必要としない民族であるし、『歌』の民族だ。

だから、ズートルビ原理主義者が蔓延り、エリック・クラプトン大好き人間&イーグルス大好き人間が重なってしまう。

 

対して、LED ZEPPELINを、ジミー・ペイジはボーカルまでも楽器の一部として機能するバンドとした。

ZEPPを聴くとロバートのボーカルが入っても、バッキングの楽器隊も同時に耳に入ってくる、と言う人が少なくないことはその為だ。

だから、LED ZEPPELINは極めて音楽的なのだが。

 

ともかく、私は、昨日友人から、一昨日に生じた話を聞いて、多くの日本人の限界を思い知らされた。

オリジナリティを身につけよう

先ず、私のギター・オンライン・レッスン(3ヶ所やってみた/笑)の経験と業界に勤める友人の話を交えて書く。

 

オンライン・レッスンだが、その講師たちの若者は皆、プロのロック・ギタリストになりたくて、音楽の専門学校に行ったのだろう。

専門学校は2年間。だから、ブルース・ギターも押さえられず、ジャズ・ギターなんてもっての他。だから、ブルース・ギターやジャズ・ギターが、なんちゃって以下のレベルでもしょーがないと思う。私の心は、聖母マリア様のように広い。

だが、3ヶ所・3人の講師はアドリブでロック・ギターを弾いても、ペンタを用いたはいいが、3人ともブルージーさがない、敢えて言えばイングヴェイ・マルムスティーン風のフレーズしか弾けなかった。

 

これは、何を意味しているのか?

 

私は、業界に勤める友人に推測ながら話をしたら、ド真ん中にストライクだった。

 

1980年代の後半より、メカニカル・トレーニングが必須になっているのだが

 

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(こいつが、癌) 

 

ジャズ・ギターでも変則的メカニカル・トレーニングはやるものの、ロック・ギターの場合、誰もが知っている一般的なメカニカル・トレーニングを強いられる。

これは、80年代ハードロック・ギタリスト、特にイングヴェイ・マルムスティーンに対応可能なようにする為。

これが悪かった。

皆が皆、同じベクトルに向かい、他者と差別化を図れるフレーズを弾けなくしてしまったのだ。

他者と差別化を図れない以上、プロのロック・ギタリストになどなれるはずがない。

そして、プロになれなかった若者たちはギター講師となり、その同じベクトルの拡大再生産を行い、今日に至る。東京では、エレキ・ギター教室が百花繚乱状態。

 

さらに掘り下げて、何故、そうなってしまったのか?

 

答えは、言ったら身も蓋もないが、若者たちの頭が酷く悪かったから。

 

講師に教わったことを疑いもせず、黙々とやる程にバカ。

オンライン・レッスンの3人の講師も本当にバカだった。

 

ジミ・ヘンドリックスの領域に達したジェフ・ベックがメカニカル・トレーニングなどするか? エリック・クラプトンがするか?

 

皆が皆、同じベクトルに向かい、他者と差別化を図れるフレーズを弾けなくしてしまった、と言うことは、オリジナリティが全くない、と言うことだ。

 

ここ大事。

 

私も師匠に命じられて、少々変則的なメカニカル・トレーニングをしているが、その理由は、年齢が高くなってギターを始めたので、左指が動くようにすることを目的にしている。

但し、師匠は、「つまらないから、苦痛に感じたらやめて」、と言って下さるし、変則的ながら、それがクセになったらマズイというのが、やめて、と言う理由。

カニカル・トレーニングの場合、私は斜めにやっているのだが、横の動きが主であることから、縦の指の動きができなくなってしまうのだ。

ジミー・ペイジの場合、1973年までの全盛時代に縦の速弾きを得意にしていたし、ジェフ・ベックは何でもあり。これが、ロック・ギターの醍醐味。

ジャズ・ギターなんて言ったら、縦の動きのオンパレード。

 

ギターを始めようとしているオヤジ諸君。講師をしっかり選ぼうね。

 

ここまでは、前置き。以下が今日の本題。

 

偉大なCharが、知恵遅れの野村義男相手

 

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(しかし、ヨッちゃんって、タッピングを除いたらギター、本当に下手くそだし、知恵足らずだし、醜男だよね~)

 

 

「ギタリストにとって必要なのは、オリジナリティ」

 

と、言っていたが、まさにそうだと思う。クラプトン、ベック、ペイジ、ヘンドリックスなんてオリジナリティの塊、権化だ。2018年の今日においても。私の嫌いなリッチー・ブラックモアだって70年代においては、オリジナリティ満載だった。他に、スティーブ・ハウ、ロイ・ブキャナン、ロバート・フリップサンタナデュアン・オールマンマーク・ノップラー、etc・・・・・。

 

それが、1980年代に入ってオリジナリティが薄れた大きな要因として、1978年にデビューしたエドワード・ヴァン・ヘイレンが大きく影響している。

タッピングだけではなく、あの無意味な速弾きが大きな影響を与え、80年代に加速し、しょーもない速弾き大会よろしく、それが今日まで続いている。

 

そこで私は、昨夜、床についてから改めて考えたのですよ。

「俺のギター・プレイ(ギター・フレーズ)に、どうやってオリジナリティを加えよう」、と。

 

出た結論は、やはり最終的には、ジャズ/フュージョン・ギターも可能な限りでモノにし、ミクスチャーなフレーズを弾けるようになること。それ。

 

そうなると

 

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グラント・グリーンを中心にして

 

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ラリー・カールトン

 

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パット・メセニー

 

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渡辺香津美さん

 

の曲で、完コピ可能なものを貪欲に取り込んで行くこと、だと思った。

 

よくギター教室で各キーでのペンタに則ったアドリブ弾きをやらせる講師が多いが、私は逆だと思う。始めに完コピありき、だと思う。

レジェンドであるギタリストのプレイには、各々の大技・小技が凝縮されているのだ。

それを完コピしてモノにしなければ意味がないし、アドリブを弾いても幅が狭いし、その人間の手癖のお披露目大会でしかなくなってしまう。

いや、完コピの前にアドリブで目一杯遊んだ上で、完コピに励む、と言うのが望ましいのかも知れない。

幸い、私の師匠が、そういう考えの持ち主だ。

 

ともかく、自分のギター・プレイ(フレーズ)にオリジナリティを身につけよう。

 

さらに、Charも言っていたが、音にカリスマ性を加えられたなら、鬼に金棒。

 

あ、但し、エレキ・ギター教室の講師って、プロになれなかった奴ばかりな故に、コンプレックスの塊だから、そこに注意して下さい。加えて、みんな頭が酷く悪く貧乏人だと言うことにも注意して下さい。

 

 

 

(この稿、終わり)

先ずはブルースをやろうぜ! できれば、ジャズ/フュージョンも

本日、3連投である。

 

いや、私は大のジャズ・キチだが、ブル・キチって人種がいるのを去る2月に知った。

だけど、ジャズ・キチはけっこう頭が良い人もいるのだが(オーディオ愛好家が多いから)、ブルース・キチガイってバカで社会的負け組ばかり、この日本では(笑)。

 

だけど、エレキ・ギターを始めたなら、絶対にブルース・ギターをモノにしよう。

アコギをやっても、ブルース・ギター、努力してみよう。

ベースもそうだし、ドラムもだろうな。

楽器を始めてポピュラー音楽を始めるなら、ブルースを頑張るべきだと思う。

 

昔、渋谷陽一が、ローリング・ストーンズをして

 

「何故、歌が下手なボーカリスト、(ミック・テイラーを除いて)ギターが下手なギタリスト、(ビル・ワイマンがいた頃)ベースが下手なベーシスト、ドラムが下手なドラマーが5人揃って、あんなすごいグルーヴ感が出せるのかが謎だ」

 

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と、言っていたが、答えはブルースをやっていたから。

 

ブルースって、シャッフルやブギー等々脳天気な歌詞を持ちながら、ノリのいい、音が跳ねるものが多いので、例えばギタリストなら、やはりブルースを学んでグルーヴ感を出せるようにすべきだと思う。

 

先に、BEATLESの稿でも述べたように、BEATLESはブルースに無縁だったから、バック・ビートが余りにもひ弱だった。故に、グルーヴ感なんて、全くあったもんじゃない。

 

私のロックの入り口は

 

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はい。キッスとクイーンです。だって、小学6年生にも解りやすいから(笑)。

でも、ZEPPにのめり込んで、直ぐに飽きたな~。だって、バック・ビートがないし、グルーヴ感ゼロなんだもの。ブルースに無縁だから。

クイーンのアルバム・セールスは、フレディがエイズで死んで、アメリカや西ヨーロッパのオカマがこぞって多数アルバムを買ったので、ストーンズより遙かにすごいんだけれども、バンドとしての地位はストーンズの方が格上。

まあ、要は、クイーンもキッスもガキ向けの音楽でしかないってこと。ベイシティ・ローラーズの破格巨大版と言ってもいいかも(笑)。

何にせよ、クイーンもキッスもブルースに無縁だったことが、バンドとしての地位を低くさせている。ガキ向けってことで。

日本だけじゃね? クイーンとキッスの地位が高いのって。どっちも歌謡メロだし。

 

 

それはともかく、ポピュラー音楽、特にロックをやるならブルージーさを表せるように、ブルースを学ぶべきだと思う。

でも、ブルースの世界だけにとどまっていてはダメ。

可能ならば、ジャズ/フュージョンもこなせる様になりたい。

 

あのCharは、天才なところに大の練習好きだから、ブルースを深く研究することなく、ペンタをこの上なく巧く用いブルージーなギター(セクシーなギター)を弾くわけだが

 

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Charのフレーズを聴くと、クラプトン、ベック、ペイジを土台にし、そこにダニー・ハザウェイスティーヴィー・ワンダー等のソウル・ミュージックを乗せて、昇華させていることは解っていた。

しかし、私は、Charのギターを聴いていて

(何処かでフュージョンを取り入れた感がある・・・・・・)

と、長年思っていたのだが、Charと交流があった人の話を聞いたら、何とラリー・カールトンの完コピをしたそう(曲名を訊くのを忘れた)。

そうしたことからCharは、あの独特なミクスチャーなギターをプレイできるって具合。

 

そうなると、自分のギター・プレイ(ギター・フレーズ)に幅をもたせる為には、やはり可能な限り、ジャズ/フュージョン系のギターも学習せねば、と思った次第。

 

しかし、ジョン・マクラフリンどころか、パット・メセニー渡辺香津美さんの様な速弾きなんて、私には無理、無理。

狙い目は、ブルージーさを持ち併せて程よい速弾きのグラント・グリーンかな。

 

エリック・ジョンソンを前に好きになったと書いたが、前言撤回(笑)。あの人、無意味な速弾き、多すぎ(笑)。

 

でも、時代が求めているのは、ブルージーさを土台にしたミクスチャーなギターだと思う。

 

 

 

 

(この稿、終わり)

エリック・クラプトン信者のジジイ、オヤジ、うぜーんだよ!

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私は、エリック・クラプトンの大ファンです。

小学6年生の3学期、2月にクリームの「クロスロード」とデレクの「レイラ」、「ベルボトム・ブルース」聴いて、ぶっ飛んでしまい、大ファンになりました。

 

そして、私はエレキ・ギター(アコギもですが)の修行中ですが、エレキ・ギター練習の為の最良の模範となるギタリストを1人挙げろ、と言われたなら迷わずエリック・クラプトンの名前を挙げます。

ロックをやろうが、ブルースをやろうが、はたまたジャズ・ギターに向かおうが、先ず、クラプトンを押さえないと上達しないと思います。はい。

ジャズ・ギターだって、ペンタトニック・スケールをしっかりとモノにしないと、そこから先に進めません故、ブルースに忠実なクラプトンは押さえるべきだと思っています。

 

だが、しかーし。

 

エリック・クラプトン信者のジジイやオヤジでギターをやっている奴がうぜーんだよ。

 

先のBEATLESの稿と重なるが、大好きなバンドにBEATLESを挙げて、大好きなギタリストにクラプトンを挙げるジジイ、オヤジは最悪。

しかも、そこに、イーグルスが流れ込んだなら、The End。

 

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私は、ズートルビ原理主義者、エリック・クラプトン万歳オヤジ&イーグルス大好きオヤジを、「へたれ魔のしょーもなオヤジ、トライアングル」、と呼んでいる。

 

そういう奴等が出して欲しくない固有名詞が2つ、ある。

 

それは、「レッド・ツェッペリン」と「ジミー・ペイジ」。

 

レッド・ツェッペリン」の名前を出して欲しくない理由は、先のBEATLESの稿で述べた。

 

では、そういう輩は何故、「ジミー・ペイジ」の名前を出して欲しくないのか、だが。

 

その前に。

 

皆さんは、本当に巧いギタリストの定義付けをしろ、と言われたなら、何と答えますか?

私は、『ギターを自由に歌わせられるギタリスト』、とします。

そうなると、『ギターを自由に歌わせられるギタリスト』って、誰じゃい、となるでしょう?

ジャズ・ギタリスト、ブルース・ギタリストまで含めると人数が多すぎますので、ロック・ギタリストのみに的を絞ります。

 

先ず

 

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で、当然

 

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こうなる訳ですよ。この2人のフレーズには、生命力が宿っていますから。

 

そして

 

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こうなります。ヘンドリックスとジェフは別格ですが、クラプトン、外せません。

 

日本代表も挙げましょう。

 

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こうなります。

 

その点(『ギターを自由に歌わせられるギタリスト』)で言うと、この御仁

 

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失格なんです(笑)。

 

ああ、いやいや、B'zの松本は当然、リッチー・ブラックモアもマイケル・シェンカーもイングヴェイ・マルムスティーンも失格です。

 

まあ、ジミー・ペイジの場合、スタジオ盤でもライブでも『ギターで歌う』というレベルではないのです。

 

ここで話が一旦、逸れます。

 

私はギターに目覚めるまで、オーディオ愛好家として日夜奮闘していましたが

(オーディオ愛好家って、バカばかり)、と憤っていました。

ところが、ギターに目覚めて、ギターの世界&音楽をやる世界に入ると

(オーディオ愛好家どころじゃない、とんでもないバカばかり! 知恵足らずの巣窟!)

と、なったのです。楽器店の人間も含めて。

まあ、オーディオというものは金持ちの趣味であることから、「~代表取締役」、と言う人も多く、バカでは社会的にサクセス不可能なことから、まだマシな人が多かった。

 

ここで本題に戻りますが、私の周囲で、ズートルビ原理主義者、エリック・クラプトン万歳人間って、本当にバカばかり。

バカなので、自分が信望しているクラプトンの方が、技術的にはペイジより格上なのに、何故、自分がペイジを畏れているのかを説明できない、言語化できないんです。

そのバカどもに代わって私が説明しましょう。

 

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ジミー・ペイジというギタリストは、調子に乗ったら、ヘンドリックスですらヤバイ、『勢い』と『エネルギー』を有しているのです。

この『勢い』と『エネルギー』の点では、ジェフもジミーに完敗。ジェフが完敗なら、エリックは論外なんですよ。草食動物のCharは、ハナから負けています。

そして、この『勢い』と『エネルギー』が、ロックに必要不可欠な『ダイナミズム』を生み出すのです。

『ダイナミズム』があってこそ、ロックなのですから。

この『ダイナミズム』を最大に生み出せるNO1のギタリストが、ジミー・ペイジなのです。

 

それを私の周囲のクラプトン信者は畏れているのです。

 

ZEPPの「幻惑」のライブverとは言わないまでも、『HTWWW』verの「天国」のギター・ソロの完コピにトライしてみて下さい。

誰もが、テクニック云々では語れない、ジミー・ペイジの恐ろしさに遭遇するはずです。

 

要は、ギター講師(私の師匠は頭脳明晰ですが)とか中途半端に巧いだけの奴って頭がカラだから、ジェフを除いてエリックをNO1に飾って置きたいが故に、「ジミー・ペイジ」、と言う固有名詞を出して欲しくないんですよ。

 

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まあ、エリックは相当な「オレ様・キャラ」ですから、日本が天国なのかも。

 

 

 

 

(この稿、終わり)